田山花袋『蒲団』あらすじ|中年男のキモイ、恋の妄想。

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解説>中年の時雄は倦怠の中、弟子の美しい女学生、芳子に恋の妄想を膨らませる。若い時から常識人としてつまらぬ人生だった自分が性に惑溺していく日々。やがて恋人が現れ、別れが来て、芳子の残した夜具の匂いを嗅ぐ。赤裸々に内面を描いた自然主義文学の代表作。

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登場人物

竹中時雄
三十六歳で、結婚して子供が三人、人生や生活に疲れた中年作家が芳子を弟子に迎える。
横山芳子
神戸の女学院出身の十九歳で、文学を志し美文作家の時雄に弟子入りすべく手紙を送る。
田中秀夫
同志社の学生、神戸教会の秀才で二十一歳。芳子との恋で上京し文学を目指すという。

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あらすじ(ネタバレあり)

彼は三年の時が経った今、終わった出来事を名残り惜しく回想する。

小石川の切支丹坂きりしたんざかから極楽水ごくらくすいに出る道のだらだら坂を下りようとしてかれは考えた。

「これで自分と彼女の関係は一段落を告げた。三十六にもなって、子供も三人あって、あんなことを考えたかと思うと、馬鹿々々しくなる。しかしあれだけの愛情を注いだのは恋ではなかったのか。」

妻があり、子があり、世間があり、師弟の関係であればこそ恋に落ちなかったが、語り合う胸のとどろき、相見る眼の光、その底には凄まじい暴風あらしが潜んでいたのである。状況次第では、妻子も世間も道徳も師弟の関係も一挙に破れてしまうだろうと思われた。

しかし二三日来のことを考えると、それは女のいつわりで、あざむかれたとも思った。

文学者だけに自分の心理を客観視できるし、年若い女の心理は判断が難しく、温かい嬉しい愛情や美しく見えた目の表情も優しい態度も、自然の花が見る人に慰みを与えるようなものかもしれない。

仮に女が自分を愛して恋していたとしても、師弟の関係、妻子ある身、どうすることもできまい。いや、あの熱烈たる手紙の胸のもだえを私が解いてやらなかったからか。女性のつつましやかな性として、露わに迫ってくることがどうしてできよう。そういう心理から、かの女はこのようなことをしたのかも知れぬ。

「とにかく時機は過ぎ去った。かの女は既に他人ひと所有ものだ!」

歩きながらかれはこう絶叫して頭髪をむしった。

人生に疲れた中年作家のもとに、芳子が弟子入りを乞う手紙をよこす。

かれの名は、竹中時雄とった。

三年前、三人目の子が細君の腹にできて、新婚の快楽などはとうにめ尽くし、世の中の忙しい事業も意味がなく、一生作ライフワークに尽くす勇気もなく、朝起きて、出勤して、午後四時に帰り、細君の顔を見て、飯を食って眠る単調な生活にき果ててしまった。

家を引越し歩いても面白くなく、友人と語り合っても面白くない、外国文学を読み漁っても満足が出来ぬ。出来るなら新しい恋をなしたいと痛切に思った。

三十四五の頃にある煩悶で、いやしい女に戯れたり、妻と離縁するものもこの年頃に多い。

神戸の女学院の生徒で、生まれは備中の新見町、かれの著作の崇拝者で、名を横山芳子という女から弟子入りを乞う手紙があった。その手紙の文句から表情が巧みで、ぜひ門下生になって一生文学に従事したいとの切なる願望のぞみ、文字からも余程ハイカラな女らしい。

女の身として文学に携わることの不心得、女は母たる義務を尽くさねばならぬこと、処女にして文学者たるの危険など縷々るるとして説いて、これで諦めるであろうと思ったが、それどころか更に厚い封書が届き、弟子にしてくれという。

時雄は感心して、早速、師弟の関係を結んだ。

芳子が門下生として訪れ日々華やいだが、やがて姉の家に寄寓させた。

芳子は父母の許可を得て、翌年二月に時雄を訪れる。

細君もその姉も、若い門下生が美しい容色であることを懊悩おうのうした。時雄は、芳子とその父に文学者の境遇と目的を語り、女の結婚問題について父親の説を叩いた。

父も母も厳格な基督教信者クリスチャンで、芳子は神戸の女学院でハイカラな女学校生活を送った。美しいこと、理想を養うこと、虚栄心の高いこと、こういう明治の女学校の長所と短所を遺憾なく備えていた。

時雄の孤独なる生活は、これによって破られた。

四五年来の女子教育の勃興、女子大学の設立、庇髪ひさしがみ海老茶袴えびちゃばかま、男と並んで歩くのをはにかむものは一人も無くなった。この世の中に、旧式の丸髷まるまげ泥鴨あひるのような歩きぶり、温順と貞節よりほかに何物も有せぬ細君に甘んじていることは時雄には情けなかった。

今様の細君を連れての睦まじい散歩や、流暢に会話を賑わす若い細君、自分の小説に関心なく夫の苦悶煩悶に無関心で子供さえ満足に育てば良いという自分の細君に対して孤独を感じざるを得なかった。

芳子は、最初の一月ほどは時雄の家に仮寓していた。

華やかな声、艶やかな姿、今までの孤独な淋しいかれの生活と比べ何と違うこと。細君を助け、靴下を編む、襟巻を編む、着物を縫う、子供を遊ばせるという生々した態度、時雄は新婚当時に帰ったような気がした。

けれど、一月ひとつきならずして女弟子を家に置くことの不可能なのを覚った。限りなき笑声の中に限りなき不安の情が充ち渡った。妻の里方の親戚などから問題となり、煩悶した後、細君の姉の家に寄寓させて、其処から麹町の某女塾に通学させることにした。

芳子と親密な関係だったが、恋人が現れ、時雄は寂しくて酒に溺れた。

芳子は、麹町の家に書斎を借りた。本箱が机の傍にあり、その上には鏡と、紅皿、白粉おしろいびんと頭痛薬のびんがある。本箱には、尾崎紅葉全集、近松世話浄瑠璃、英語の教科書、ツルゲーネフ全集。未来の閨秀けいしゅう作家は、多くの手紙を書くので男の友達も随分と多い。

時雄は姉の言葉として、妻から「芳子さんは困ったもので、男の友達と夜一緒に出掛けて遅くまで帰ってこない、世間の口がやかましく仕方がないと云っていました」と聞く。

すると時雄はきまって芳子の肩を持ち「お前たち旧式の人間には芳子のやることは判りゃせんよ、男女が二人で歩くとすぐあやしいとか変だとか思うが、そんなことは旧式だ。今では女も自覚しているから、為すようと思うことは勝手にするさ」と云い、芳子にも「女子も自覚せねばいかん。昔の女のように依頼心を持っては駄目だ。自ら考え自ら行うようしになければならん」と云った。

芳子は、時雄の教訓で渇仰かつごうの念が愈々いよいよ加わった。基督キリスト教の教訓より自由でそして権威があるように考えられた。

芳子と時雄の関係は単に師弟の間柄としては余りに親密であった。

二人の様子を観察した第三者の女の一人が妻に向かって「芳子さんが来てから時雄さんの様子はまるで変りました、油断がなりませんよ」と言った。

無論そう見えたに相違はなかったが、若い女の心は浮かれ勝ちですぐ沈む。些細なことで胸を動かし、つまらぬことに心を痛める。恋でもない、恋で無くもないやさしい態度に、時雄は絶えず思い戸惑った。

四月末に帰郷、九月に上京。そして今回の事件が起こった。

芳子は恋人を得た。そして上京の途次とじ、恋人と京都嵯峨に遊んだ。

関係を問いただすと、神聖なる恋愛で、二人は罪を犯してはおらぬが、将来は恋遂げたいとの切なる願望ねがい。時雄は芳子の師として、この恋の証人として仲立ちの役目を余儀なくされた。芳子の恋人は同志社の学生、神戸教会の秀才、田中秀夫、二十一歳。

故郷の親達は、学生の身で、ひそかに男と嵯峨に遊んだのは精神の堕落であると云うが、決してそんな汚れた行為はない。互いに恋を自覚したのは、京都で別れ東京に戻り男からの熱烈な手紙で将来の約束をしたと云う。

時雄は、もだえた。愛するものを奪われ心を暗くした。もともと芳子を自分の恋人にする考えはない。しかし、淋しい生活に色彩を添え、限りなき力をくれた芳子を、突然、奪われることに耐えられなかった。

夕食の膳の酒量はおびただしい量となり、泥鴨あひるのように酔って寝た。

彼は自分の半生を考える。するとこういう経験が幾度もあった。一歩の相違で運命の唯中ただなかに入ることが出来ずに、圏外に立たせられた淋しい苦悶。文学の側でも社会の側でもそうだ。恋、恋、恋。今でもこんな消極的な運命に漂わされているかと思うと、身の意気地なしと運命のつたないことが胸に迫った。

時雄は苦悶の末、芳子を再度、自分の監督下に置くことを決めた。

かれは、三日間、苦悶と戦った。性格として惑溺できぬ一種の力をもっており、そのためにいつも圏外に立たされ苦しい味をめさせられるが、世間からは正しい人、信頼するに足る人と信じられている。

そして、これからは師としての責任を尽くし、愛する女の幸福のためを考えるばかりだ、つらい、つらいがこれが人生ライフだ!と思った。

芳子から手紙が来た。

田中が上京したとの電報があり、逢った。上京の理由を聞くと、今回の件で芳子が郷里にれて帰られることがあれば申し訳ない、自分が学校を辞めて上京し、先生に打明け、お詫びし、情にすがり、円満に解決するようにするのが目的だと云う。芳子が田中に、先生のお情け深い言葉、将来まで我ら二人の神聖な真面目な恋の証人とも保護者ともなって下さることを伝え、今はしばらく沈黙して、折を見て打ち明ける方が良い。

という内容だった。

さまざまな感情が時雄の胸を火のように燃えて通った。

田中が東京に来て、芳子が迎えに行った、何をしたか解らん。これまでのことも嘘かも知れぬ。手を握ったかもしれぬ、胸と胸が触れたろう、旅籠屋の二階、何を為ているか解らぬ。

「監督者の責任にも関する!」と腹の中で絶叫した。監督せんければならん、保護しなければならん。

そして酒をあおり、芳子を監督するために、姉の家から自分の家にもう一度、置くと云って迎えに出て行った。時雄は激昂した心と泥酔した身体とで、電柱に当たって倒れそうになったり、溝に落ちて膝頭をついたりしながら市ヶ谷八幡の境内へ入り人生の最奥さいおうひそむ大きな悲哀を感じ、人間ほどはかななさけないものはないと思った。

この思いは、この境内の近くに桃割れを結って娘で居た時の、今の細君を思った時と同じで、八年の間にこうも変わり、新しい恋を感じるようになった、時の力の恐ろしいのを痛切に胸に覚えた。

「矛盾でも何でも仕方がない、その矛盾、その無節操、事実だから為仕方がない、事実!事実!」と時雄は胸の中で繰り返した。

時雄は、姉の家に着いた。「芳子を自分の家に置いて十分、監督をしようと思う」と伝えると、姉も「それがいい」と云う。姉は、芳子は明るく利口な方だが男友達と平気で夜歩いたりしてそこが心配だという。

芳子が帰って来た。美しい姿、流行りの庇髪ひさしがみ、派手なネイルにオリーブ色の夏帯、斜に座った艶やかさ。時雄は、今までの煩悶と苦痛を半ば忘れて、有力な敵があっても、占領すれば心が安まると考えた。

時雄は一刻も早くその恋人のことを聞きだしたかったが、姉の前では問えず、その日は泊まった。

芳子を戻し安心したのもつかのま、田中が上京してくるとの端書が来た。

翌朝、時雄は芳子を自宅に伴った。今まで物置にしておいた二階の三畳と六畳、これを綺麗に掃除して、芳子の住居とした。時雄は、さる画家の描いた朝顔の掛け軸を床にかけ、花瓶に薔薇を挿した。午頃ひるごろに大きな支那鞄しなかばん柳行李やなぎごおり、信玄袋、本箱、机、夜具などの荷物がついた。

時雄は「今は、二人とも勉強をしなくては」と云い、芳子も「私達もそう思って、今はお互い勉強して将来に希望をもって、親の許諾ゆるしを得たいと考えている」と応えた。

時雄は芳子の言葉の中に「私達」と複数をつかうのと、もう公然と許嫁いいなずけの約束でもしたかのように言うのを不快に思った。まだ、十九か二十の妙齢の処女が、こうした言葉を口にするのを怪しんだ。

時雄は、時代が変わったのを今更のように感じた。時雄は主義の上、趣味の上から喜んでみてはいた。昔のような教育のままでは、到底、明治の男子の妻としては立って行かれぬ。女子も立たねばならぬ、意志の力を十分に養わねばならぬはかれの持論である。

しかしこの新派のハイカラの実行を見ては、さすがに眉をひそめた。

時雄は芳子を占領して、安心も満足もした。細君も芳子に恋人があるのを知って、危険の念、不安の念は全く去った。

芳子は恋人と別れるのが辛かったが、それが出来ないことは知っていた。一心不乱に勉強せねばと思った。時雄も文学の話、小説の話、恋の話などをして芳子のために将来の注意をした。その態度は公平で、率直で同情に富んでいた。

芳子は師を信頼し、時期が来て、父母にこの恋を告げる時、旧思想と新思想と衝突するようなことがあってもこの恵深い師の承認を得ることが出来れば十分と思った。

芳子は、ツルゲーネフの小説に自身を照らし合わせて思い、そして恋人の田中を慕い、またそれは長い手紙となって京都に行った、京都からも隔日のように厚い封書が届いた。

時雄は、監督という口実の下に良心を抑えて、こっそり手紙を走り読んだ。

時雄は、手紙の中に接吻のあと、性慾の痕がどこかにあらわれておりはせぬか。神聖なる恋以上に進歩していないかと探すが、それは解らなかった。

一か月は過ぎた。

時雄は、恋人が芳子に宛てた一通の端書ハガキをみて平和は一時にして破れた。

そこには、

東京に出て来て、文学をやるという。芳子はせめて同志社だけでも卒業してくれと止めたが、田中は、もう独断で決めてしまい今更とりかえしはつかないという。神戸の信者で田中のため学費を出してくれていた人からは怒って打ち切られたとのこと。そして田中は既に東京に向かっているとのこと。

平和は再び攪乱かきみだされることとなった。