村上春樹『1Q84』あらすじ|大衆社会に潜む、リトル・ピープルと闘う。

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作品の背景

『1Q84』は村上春樹の12作目の長編小説。ジョージ・オーウェルの『1984年』に登場する監視社会のビッグ・ブラザーに対して、『1Q84』では<あちら側>からリトル・ピープルが来て現実とは別の世界が存在してしまう。人々は独裁者の全体主義の監視下ではなく、日常の裂け目から世界は変わってしまうことを暗示する。この裂け目は大衆民主主義社会の中から起こるとしている。物語は、人々が隷属するシステムの枠組みと、人間個々の尊厳との闘いの構図を前提にしている。歪んだシステムが、等身大の個人に降りかかってくる試練を乗り越えて解放される。

いくつかのモチーフが複雑に関係している。プロットとして、60年、70年の安保闘争から、学生運動家の果てに農業団体の『さきがけ』を立ち上げる。しかし分派した一方の過激派『あけぼの』は武装蜂起をして最終的に壊滅する。それは新左翼が起こしたあさま山荘事件を想起させる。もう一方の穏健派は引き続き『さきがけ』として有機農業を主として通信販売などの経営手法で拡大する。

その『さきがけ』は宗教法人化し次第に先鋭化していく。山梨に本拠地を置くところはオウム真理教団を連想させる。因みに1984年はオウム神仙の会が設立されている。さらに既存のキリスト教から分派した『証人会』は終末思想を説く。主人公の一人、青豆は幼少のころから疎外され強い孤独のなか生きている。宗教が大きなシステムの象徴として登場する。

人々を善悪を越えた日常に導くものとして観念的にリトル・ピープルを登場させ、同時に反リトル・ピープルという価値が必ず相対して存在することを提示する。それは価値をめぐる不断の闘いの必要性をメッセージしている。

『1Q84』の物語では登場人物の一人ひとりの造形が細かい。それはサリン事件で被害者となった人々を取材しまとめたノンフィクションの『アンダ―グランド』や、信者を同様にまとめた『約束された場所で』での描写と通ずるところがある。日常の裂け目で起こった予期せぬ出来事の衝撃を、地下鉄サリン事件と加害者たちの裁判記録やオウム真理教とは何だったのかを描き、文学を通して対抗させたのであろう。

作品の持つファンタジーの世界を「何から何まで見世物の世界、信じてくれたら、すべて本物になる」と巻頭の『ペーパームーン』の一節を引用して始まる。

発表時期

2009年(平成21年)5月、新潮社よりBOOK1.BOOK2が刊行、2010年4月、BOOK3が刊行された。2012年4月から6月にかけてBOOK1、BOOK2、BOOK3がそれぞれ前編と後編、全6冊として新潮文庫より文庫化。村上春樹は、当時60歳。単行本・文庫の累計で約900万部となっている。