ヘミングウェイ『老人と海』あらすじ|屈しない精神と肉体、その尊厳とカタルシス。

『老人と海』はアーネスト・ヘミングウェイの最後の作品です。二度の世界大戦の参加や、三度の離婚歴、聡明で鍛え上げられた肉体を持つ行動派の作家は、パパ・ヘミングウェイの愛称で世界中の人々に愛され続けます。それは神に誓い、勇敢に誇りをもって戦い続けるアメリカの姿でもありました。

あらすじ

キューバの老漁師のサンチャゴは、メキシコ湾流で漁をするが、一匹も釣れない日が八十四日も続く。からの小舟で帰り、肩にかつがれたマストに巻かれた帆は、永遠の敗北を象徴する旗印のようです。

最初の四十日は、助手の少年マノーリンが一緒でしたが、両親に命じられ別の船に乗り込み、一週間でみごとな魚を三匹、釣り上げ、腕を上げ運もついています。

サンチャゴ老人はずいぶん痩せこけ、深い皺が刻み込まれ、両手には深い傷痕があります。

老人は “サラオ” と称されます。その意味は、スペイン語で “不運のどん底” 。つまり老人は、運にも見放された、終わった過去の人なのです。

ただ眼だけはちがう。海と同じ色をたたえ、不屈な生気をみなぎらせている。

マノーリンはサンチャゴを慕っています。老人は少年に魚をとるすべを教えてきた。少年は「父親は人を信じることができない男だ」と言い、老人にビールを奢ります。

テラス軒で二人がビールを飲んでいると、皆はサンチャゴを慰みものにする。漁師たちの釣り上げた大きなマカジキ・・・・が、傍らで貯蔵庫の方へ運ばれていきます。

少年だけが老人に優しい。五つのときに始めて漁に連れて行ってもらった。少年はそのときを覚えています。暴れまわる魚を棍棒でなぐる音が、いまでも聞こえるようです。

老人は日焼けした、信頼深げな、やさしい眼で少年を見つめる。

老人の丸太小屋には、帆を巻きつけたマストが置かれ、ベッドとテーブルと椅子があるだけ。壁には二枚の絵が貼ってる、一枚は<イエスの聖心>で、もう一枚は<聖母マリア>。それは妻の形見でした。

かつては壁には故人の写真があったが、寂寥せきりょうの想いに襲われるので取り外してしまった。

老人は眠りにおち、アフリカの海岸の砂浜を歩くライオンの夢を見ている。

老人が少年の頃には、アフリカ通いの横帆を張った船の水夫になっていて、夕暮れに砂浜を歩くライオンを見ていた。若き日のサンチャゴであり、記憶の中の勇者の象徴です。

少年にとって老人は、両親や漁師仲間など周囲が何といっても、世界一の特別の漁師なのです。

明け方、老人は暗がりのなか大海めざして漕ぎだしていく。老人は「今日は遠出をしよう」と考える。湾を出て暁の匂いのする海洋へ乗り込んでいきます。

海のことを考えるとき、老人はラ・マールという言葉を思い浮かべる。

ふつう海は男性名詞で、<ル・マール>となる。サンチャゴは愛情をこめてスペイン語の女性の形容である<ラ・マール>を使い、海を亡き妻のように愛する。

老人は海は大きな恵みをときには与え、ときにお預けにする。たとえ荒々しくふるまい、禍をもたらしても、月が支配する以上、どうしようもないことだと考える。

サンチャゴは「自分は運に見はなされている」と感じるが、すぐに「そんなことわかるものか」と否定する。

「きっときょうこそは。とにかく、毎日が新しい日なんだ。」

老人の舟は海岸線からずっと遠くに離れている。鳥が円を描く、大きなしいらの群れが逃げ惑う飛魚を追って海面に昇ってくる。しばらくしてまぐろの大群があらわれる。船尾の網からぶんなが・・・・が飛び込んでくる。

老人は知らないうちに大声でひとりごとをいうようになっていた。少年と二人のときは、無駄口はきかないことが美徳だった。あの少年が去り、ひとりになってしまったからだろうと思った。

八十五日目に巨大なカジキが食いつき、三日三晩の死闘が繰り広げられる。

ひと眠りしようと思った時に、生木の枝のひとつがぐっと傾いた。一匹のマカジキ・・・・が小さなまぐろの口から突き出ている手造りのかぎに、鈴なりにぶらさがったいわしの群れに食らいついた。

つぎの瞬間、信じられぬほどの重みを感じた。口にくわえたまま逃げようとしている。

老人は魚に曳き舟されている。四時間たっても魚は相変わらず悠々と、小舟を曳きながら沖に向かって泳いでいた。魚はその晩中、進路を変えなかった。

老人は魚との勝負を、男と男の勝負と考えている。老人はかっての夫婦づれのマカジキ・・・・の雌を釣り上げた時のことを思いだす。

「あの子がいたらなぁ、手伝ってもらえるし、見張りしてもらえるんだが」と言い、

「いまお前には少年はついていない。お前にはただお前しかついていない」そう自分に言いきかせる。

「おれは死ぬまでおまえにつきあってやるぞ」大きなマカジキは北に向かって進む。

老人はマカジキに向かって「おれはお前が好きだ、なかなか見上げたもんだ。だが、おれはかならずお前を殺してやるぞ、今日という日が終わるまでにはな」と言う。

魚は海底深くもぐりこむ、老人はへさきに引きずり倒される。

老人はまぐろを食べて体に力をつける。「ライムかレモン、塩でもあれば、まんざらでもないのだが」と思う。こうして魚と老人の網を引いたり離したり、心理的なかけひきが続く。

「あの子がついていてくれたらなぁ」とまた言う。

老人の左手はひきつり、右手で作業をする。右手に引きの変化を感じる。綱は徐々に浮き上がる。そしてついに魚は姿を見せた。

頭と背は濃い紫色。脇腹に幾筋もの広い縞が走り、薄紫色に照り映える。くちばしはバットくらいに長く、剣のように先が細くなっている。舟よりも二フィートも長い、ものすごくでかいカジキだった。

サンチャゴは、いま生まれて始めて見る大きな魚に、ひとりで闘っている。

サンチャゴは『われらの父』より『アヴェ・マリア』のうほうがやさしそうだと、ぶつぶつと祈祷をはじめる。

罪人つみびとなるわれらのために、いまも臨終のときも祈りたまえ。アーメン」

ついでに「こいつの臨終のときも祈ってやってくださいまし。なかなか見上げたやつでございます」

サンチャゴは、肉体を鼓舞して、強い意志を表わす。左手を労わり、食事の補給と眠ることを考える。

「人間ってものがどんなことをやってのけられるかを、やつにわからせるんだ。耐えねばならないものを、教えてやるんだ」

やがて左手は完全になおったが、老人はすっかり疲れきっていた。

サンチャゴは、怪我をおして最後までやり抜いた大ディマジオのこと、昔カサブランカの居酒屋で大男の黒人と腕すもうをして、一日をかけて負かしたことなどを思い浮かべ、右手だけを信じた。

老人は綱を体に巻いて寝る用意をし、まどろみはじめる。

またアフリカの夢を見た。広々とした黄色い砂浜が現れた。そこへライオンが出てくる。月が上っても老人は眠っている。

突然、眼が覚める。拳がぐいと引っ張られ綱がどんどん流れ出て行く。魚がものすごい音をたてて海上に跳ねあがった。舟はすさまじい勢いで引きずりまわされる。老人とマカジキの熾烈な闘いが続く。

「あの子がついていてくれたら、巻綱をぬらしてくれるのだがなぁ」

老人が海に乗り出して、三日目の太陽が昇る、魚は輪を描いて回りはじめた。「もうすぐぐるぐる回りを始めるぞ」と老人は言う。

魚は輪を描きながら、もりが打ちこめる距離に近づいてくる。老人は気を失いかける。「落ちつけ、元気を出すんだ、爺さん」魚は輪を描き、立ち直り、何度かそれが繰り返される。

おれはいままでに、お前のように偉大で、美しく、静かで、高貴なやつを見たことがない。

さぁ来い、おれを殺せ。どっちがどっちを殺そうがかまうことはない。

老人もまた死を恐れない、そしてお互い格闘する。老人は何度も気を失いかけ、残っている最後の力をしぼり、遠く去った昔の誇りをびもどそうとする

老人はもりを思いきり振り上げ、全身の力をこめて、ぐさりと魚の横腹に突き立てた。魚は死の痛手を負って、水面高く全身を現わしその力と美を惜しげもなく見せつける。

老人より高く身をのけぞらせて、次の瞬間には、水中に姿を没してしまった。ふと気づいて見ると、魚が海面に銀色の腹をだして仰向けに浮かんでいた。海は一面、血で真赤に染まる。

老人は、魚を舟に縛りつけひきかえす。見たところ、千五百ポンドをこえるという代物だ。魚をへさき、とも、そして中央の横木にくくりつけて港に向かう。

舟と魚は、おたがい仲よく縛りつけられ、海の上を走っている。

最初の青鮫の襲撃が起こったのは、それから一時間のちのことだった。

青鮫が肉に食らいつく、襲われた魚の肉がみりみりと避ける音がする。老人は鮫のあたま目がけてもりの先を突きさした。

希望などは微塵もなく、あるのはただ決意と敵意だけだった。

青鮫は胴体をぐるっと一回転、また一回転し、綱を胴に巻きながらもり銛綱もりづなとともにゆらゆらと沈んでいった。老人は銛という武器を失う。

「四十ポンドぐらい盗みやがった」老人は大声でどなった。魚がやられたとき、自分の身がえぐられる苦痛を感じた。

「男は打ち負かされるようにはできていない。破滅させられることはあるかもしれないが、打ち負かされることはないのだ」

サンチャゴは食いちぎられたカジキにすまないと思う。共に闘ったカジキの勇姿が損なわれたときに、サンチャゴはカジキを殺してしまったと考える。

血を追いかけせまってくる鮫を想定した時に、年老いて体もままならないサンチャゴは、決死の覚悟を抱きます。そして殺されることはあっても、精神の敗北は無いと自分に言い聞かせ、サンチャゴにとって兄弟同然であるカジキを守ろうとします。

老人は、オールのけつにナイフをつけて武器にする。そして魚の前半身だけを見て希望を持ち続ける。

魚を殺すのは、生きるためでもなければ、食糧として売るためだけでもない。誇りのために、おまえはやつを殺したんだ。おまえは漁師だから殺したんじゃないか。

やつを愛していた。愛していたから罪にならないんだ、いやなおさら重い罪だろうか。

魚をとるってことは、おれを生かしてくれることだが、同時におれを殺しもするんだ。いやあの子がおれを生かしてくれているんだ。

老人は鮫にやられたマカジキの無残な姿を見ながら、自分の行為を考えている。そしてマカジキに自分を投影している。それは魚を殺したことの反省ではなく、鮫に奪われたことの悔しさや、自身の人生に対する反省ではなく、さらなる闘志に近い。

最悪の事態が近づきつつあることを老人は知っていた。

二匹の貪欲なガラノー鮫に立ち向かうべくナイフを取り付けたオールでむかえる。

一匹が魚の同じ場所に食らいつく、老人は鮫の頭に突き刺し、すぐさま黄色い眼玉にも突き刺す。ガラノーは死にながらも食いとった肉をのみこむ。

もう一匹が下から襲っており、老人は鮫が全身を露わにした時に、一撃をくれる。

急所を外すが、鼻が水の上に現われ頭の真ん中に一撃を与える。さらに左眼にナイフを刺す。そして脊髄と脳の間をぐさりと突き刺す。さらに口に刃を突きこむ。

「四分の一は台なしだ、一番いいところをやられてしまった」老人は大声でいった。

この魚が一匹あれば、ひとりの人間が一冬、食っていけるのに。

老人は魚にすまないと思った。次に襲って来た鮫の脳天をめがけてナイフを打ちおろす。そのときナイフの刃を持っていかれる。

まだ二本のオールと舵の柄と、短い棍棒がある。最後まで闘う意志を示す。

ふたたび鮫が襲ってくる。二匹のガラノーである。最初のやつが顎を大きく開き、横腹にかぶりついた瞬間、棍棒を頭に打ちつける。もう一匹が顎を大きく開き襲いかかる。

なんとか撃退するが、魚の方はもう半分はなくなってしまっている。

老人は自分も半分になってしまったように感じる。それでも老人は死ぬまで闘ってやると思う。夜の完全な闇の中で、老人は死んだような気がしていた。

夜の十時ごろ、ハバナの夜空の照り返しを認めた。間違いなく街のあかりの照り返しだった。

やつらはまた襲ってくるかもしれない。この暗闇で、武器も持たずに、人間一匹、やつらを相手にいったい何ができるというのか?

老人の体は硬直し、少し動いても激しい痛みを感じた。

真夜中近く、彼はもう一度、闘った。敵は群れをなしてやってきた。頭をねらって棍棒の雨をふらせた。棍棒が闇に奪い去られ、こんどは舵の柄で打撃の雨をふらせる。

敵はつぎつぎに一緒になって襲いかかり、食いちぎっていく。ついに一匹が魚の頭に食いつく、さすがに頭は食いちぎれない。

彼は舵の柄で、その鮫の頭を何度も何度も打撃を加え、柄が折れて切れはしで突きさす。

それが最後の鮫だった。もう食うところは少しも残ってはいなかった。

老人は完全に打ちのめされたことをさとった。何の想いもなければ、いかなる感情も湧いてこない。いま彼のうちには何も無かった。ただ小舟をうまく操って港に帰るだけだった。

夜中すぎ、なおも鮫が何度か骨に襲いかかった。老人はもう眼もくれなかった。浜沿いに並ぶ部落の燈火あかりが見えた。大きな海、そこにはおれたちの友だちもいれば敵もいる。

老人が港にたどりついたときに、テラス軒の燈火はすでに消えていた。

お前を打ちのめしたものはなんだ。「そんなものはない」彼は大声で叫んだ。

魚の大きな尾が跳ね上がり、露出した背骨の白い線と、とがったくちばしをもった頭部の黒いかたまりと。そのあいだにはなにもない。

老人は道を登りきったところで、思わず倒れた。マストを肩にしばらく横たわる。どうにも体が動かない。五たび腰をおろし休みながら小屋につく、そして眠りに落ちた。

この場面は、冒頭の不漁続きのサンチャゴの姿と同じようにマストを肩に担ぎ歩くが、敗れ傷ついたサンチャゴが十字架を背負いゴルゴダの丘へ向かう姿になぞらわれるが、ヘミングウェイはシンボリズムを否定し、ただ不屈の精神のままカタルシスへ導く流れとなっている。

朝、少年が小屋の戸口から覗きこんだとき、老人はぐっすりと眠りこけていた。少年は老人の寝息に耳をかたむけ、その両手を見て泣いた。

仲間の漁師が小舟の横にくくりつけられた異様な物体の長さをはかる。鼻の先から尻尾まで、十八フィートある。「あたりまえさ」と少年は言った。

老人は「すっかりやられたよ」というと、マリーノは「お爺さんはやられたんじゃないよ。魚にやられたんじゃないよ」と返す。

魚の頭は、わなにでも使おうということになり、くちばしはマリーノが貰った。

マリーノが老人に「また一緒に行こうよ」と言うと、老人は「おれには運がない」と返す。少年は「運はぼくが持っていくよ」と答える。

すると老人は、いい槍が必要だとか、さきをよく磨かなければならないとかマリーノに話しはじめる。

一団の旅行者がテラス軒に立ち寄り、ひとりの女性が、大きな尻尾をつけた巨大な白い背骨がゆらゆら揺れているのを見つけ、「あれなんでしょう?」と訊ねる。

給仕は「鮫が・・・」と経緯を説明しようとすると、女性は「鮫って、あんな見事な、形のいい尻尾を持っているとは思わなかった」といい、連れの男も「うん、そうだね」という。

ここは暗示的です。老人とマカジキ、そして鮫との死闘は旅行者には知る術もありません。不確かな情報と流言。現地に行き、現実を見て、行動する。不屈な肉体と意志のもとに繰り広げられたサンチャゴの漁も、外部の世界には無関心で無関係なことなのです。しかしまた、そのマカジキの残骸がどのように理解されようとも、孤高な老人には無関係なのです。正義のため幾度の戦争に参加したヘミングウェイのストイシズムのようでもあります。

小屋では、老人がふたたび眠りに落ちています、その寝姿を少年はじっと見まもっている。

老人はライオンの夢を見ていた。

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