浅田次郎『ラブ・レター』解説|ひたむきな手紙に涙する、叶わぬ恋。

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本作品のメッセージと感想

小説の題はラブ・レター。“ラブ・レター”という今では少し古めかしい言葉にどのような印象があるだろうか。どこか一方通行的な純真な思いの吐露が想像できる。登場人物から、それはティーンエイジャーのものではありません、大人のラブ・レターです。でもこのせつなくて、やるせない気持ちはどこからくるのか、泣かせ屋の浅田次郎の真骨頂です。

何故、ラブ・レターに、こんなにも泣けてしまうのだろう。

吾郎は怠け者でいつまでも改心できません。年を重ねてゆき、虚飾に満ちた歌舞伎町暮らしは、もう20年経ち、虚勢を張りながらも骨身に滲みています。

佐竹のように非道にはなれず、サトシのように若くもなく、都合よく、適当に、その場かぎりの日々を流れていくままの人生です。

それゆえ偽装結婚の名前貸しを50万円の報酬で引き受けます。吾郎はそのことを、記憶にすらありません。その向こうにいる相手の人生など全く関心なく、気にとめたこともなかったのです。

そんな40歳を目前の男に、残されたぎりぎりの時間として、僅かばかり残る良心や人生をやり直したいと思う焦燥感が、迫ってきます。それは見知らぬ妻からの純粋でひたむきな手紙でした。

吾郎の心を変えた白蘭の手紙に綴られた言葉とは、何だったのでしょうか? 吾郎の小遣い稼ぎの名義貸しの偽装結婚とは知らずに、結婚してくれた吾郎にただ深く感謝する内容でした。

白蘭は貧しい境遇の中で家族を助けるために、生きるために金を稼ぎます。吾郎のおかげで、家族も自分も生きることができたと感謝するのです。

自らすすんで騙されて、借金をかたに売春を強要されて。それでも、結婚してくれた吾郎に感謝しながら死んでいきます。無垢で汚れない心を持つ女性です。

小心者で、安易な考えで、その場に流されるだけの吾郎に対して、 白蘭の手紙は、 ひたむきに感謝の気持ちを綴るせつない内容でした。

中国の貧しい家族の暮らしを立ち行かせるために必要な「偽装結婚」という、白蘭にとってかけがえのない “愛情のかたち” を吾郎がくれたことの感謝であり、吾郎は若く美しい白蘭の、悲しく苦しい境遇を受け止めたときに、収まりのつかない “憤りとせつなさ” を感じてしまいます。

吾郎自身が胸の奥にしまい忘れていた人間の良心や故郷への郷愁、落ちぶれていくこの先への焦燥感と自分を取り戻したいと思う気持ち。それが白蘭から自分へのひたむきな愛、ただただ感謝の気持ちが綴られた手紙で、胸が張り裂けそうなのです。

そんな入り交じった気持ちのなか、吾郎は美しい死に顔と対面して慟哭してしまいます。

吾郎さん、吾郎さん、吾郎さん、吾郎さん、手紙の終わりに何度も続く「吾郎さん」の文字。

白蘭の手紙は、中国人ゆえに多くの日本語を綴ることができず、万感の思いを込めた「詩」となり、読者の心に響き、彼女の人生と吾郎への感謝の思いのせつなさを幾層にも重ねていきます。

吾郎の人生の思いと、白蘭の人生の思いを、手紙が繋いでくれました。

吾郎の心を変えた手紙に綴られた内容とは、不遇な人生を呪うことなく、ただ一途に吾郎に感謝をする内容だったのです。見知らぬ妻からのラブ・レターぜひ読んでみてください、きっと涙が止まりません!

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作品の背景

浅田次郎の処女作短編集である『鉄道員ぽっぽや』は、全編を通じて “あなたに起こる やさしい奇蹟”との短編集全体を貫くコピーがあり<奇跡の一巻>として「奇蹟」をモチーフにした短編をあつめたとしている。「ラブ・レター」は、ろくでもない生活を送っていたころの浅田が、身近で実際に起こった出来事を小説にしていると言う。真偽はともあれ、大人の恋の淡い物語として傑作のひとつにお薦めできます。泣かせの浅田次郎の極め付き!時には、いっぱい涙を流してください。

浅田次郎のラブ・レターを韓国の若手監督、ソン・ヘソンが映画化。この作品もほんとうに泣けます!

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発表時期

1996(平成8)年、『オール読物』(文藝春秋) 3月号に掲載。浅田次郎は当時44歳。1997年4月、集英社から短編集『鉄道員』(ぽっぽや)を刊行。表題作の他、この「ラブ・レター」「悪魔」「角筈にて」「伽羅」「うらぼんえ」「ろくでなしのサンタ」「オリヲン座からの招待状」計8編を収録。