川端康成『伊豆の踊子』解説|”野の匂いの好意”に癒える孤独意識

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私は相手の顔色をうかがい、自分の意見を素直に言えない。そして心を閉ざし、過剰な自意識を持っている。そんな孤児根性の憂鬱に耐えきれず、一人、伊豆を旅する。知り合った旅芸人一行と心から語らい、家族のような感情に浸り、無垢な踊子の純情に淡い恋心を抱きながら別れる。そして私は世間と和解する。心から感じあえる人間に生まれ変われたことを素直に受け入れることができた。青春の抒情であり、自己と自身を取り巻く他者の壁から解放される物語。

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登場人物


一校生で二十歳、孤児で憂鬱な気持ちから一人、伊豆の旅に出て旅芸人一行と伴にする。

踊子(薫)
旅芸人一行の踊子で十七歳に装うが、まだ十四歳の無垢で天真爛漫な美しい子ども。

男(栄吉)
旅芸人一行の座長で薫の実兄で二十四歳、実家は兄が継ぎ事情があって芸人となる。

千代子(上の娘)
旅芸人一行で栄吉の女房で十九歳、旅の途中で流産と早産で二度、子を亡くしている。

四十女(おふくろ)
旅芸人一行で千代子の実母で栄吉にとって義母、薫に芸を教えながら厳しく育てている。

百合子(中の娘)
旅芸人一行でただ一人家族ではない娘、大島育ちの雇われた芸者ではにかみ盛りの年頃。

解説

孤児根性の憂鬱から、私は伊豆の旅に出る。

伊豆の踊子は、初期の代表作です。

川端は幼いころに肉親をすべて失っています。二歳で父、三歳で母、七歳で祖母、十歳で姉、そして十五歳で祖父を失くし天涯孤独の身となります。

叔父に引き取られますが、周囲の顔色をうかがいながら過ごす。自分は孤児である。実の家族はなく誰にも本心を打ち解けられない、他人との付き合い方もわからず、孤独です。

川端は、どこかに肉親の霊魂が生きているのではないかと考えます。鋭い感受性を伴う川端文学には自然や伝統美のなかに霊性や魔界が潜んでいます。

この作品は27歳で書かれますが、実際に19歳のとき、10月30日から11月7日までの約8日間、修善寺しゅぜんじから下田街道を湯ヶ島へ旅した思い出と、22歳のころ破婚に終わった淡く辛い初恋の記憶も綯交ないまぜとなり、孤児根性と向き合う伊豆の一人旅が題材になっています。

今回は淡い恋の抒情とともに、その霊性や魔界を意識しながら読み解いてみます。

物語は、

修善寺温泉に一泊、湯ヶ島温泉に二泊、そして4日目。

有名な書き出しで始まります。

道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さでふもとから私を追って来た。(一)

そして続きます。

私は20歳はたち、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白こんがすりの着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。(一)

この主人公の描写は、一高生で、もう自身を大人だと自覚した自意識を強く感じ させます。そこへ、麓を真っ白に染めながら、ものすごい勢いで、それはあたかも、私を天城峠に追いたてるように。さぁ、魔界の世界の幕があがりますよとでもいうようです。

大粒の雨に打たれながら、天城峠の入口にやってきます。さぁ、物語の始まりです。

峠の入り口の二枚舌の婆さんと妖怪のような爺さん

ここから天城峠のトンネルをくぐり異界へ入っていきます。どんな世界なのか?

そこは自分の性格に負い目を感じていた都会の日常ではありません。

そして踊子と旅芸人一行と共にした旅の終点、下田の港では、不思議なことに、私は孤児根性から解放されたようです。一体何があったのか?それでは、話を進めます。

私は思惑通り、旅芸人一行と峠の北の茶屋で合流しました。

思惑通りとは、私は、一行は天城峠を南に超えて湯ケ野温泉ゆがのおんせんへ行くのだろうと考え、追いつこうと急いで天城峠に向かい、予想通り合流したのです。

「学生」の目をくぎ付けにしたのは「踊子」です。どうして「踊子」と呼ぶのか。

学生は修善寺に行く途中に一度、橋のところで一行を見かけ、そして二度目は湯ヶ島の温泉宿で、玄関に流しに来たのを見ているのです。座敷に呼んでもらうために玄関口でちょっと芸を披露して、そのときにいちばん若い女が踊るのを見たのでしょう。だから「踊子」なのです。

茶屋の入口に、ぼーっと突っ立っている学生に、踊子は座布団をすすめ、顔が踊子と向かい合った恥ずかしさに煙草を取り出すと、すーっと煙草盆を寄せてくれました。

踊子は古風な不思議な髪を結っていて、卵形の凛々しい顔を小さく見せながら美しく調和していました。思いもかけない最初の接触、ファーストコンタクトです!

踊り子は若く、無垢で、優しく、そして妖艶です。この作品『伊豆の踊子』のなか、実は踊っている描写はありません。それでも「踊子」なのです。物語が進むと実名も分かるのですが最後まで「学生」にとっては「踊子」なのです。

「学生」つまり孤児意識に苛まれるエリートの一高生と、「踊子」つまり別世界に生きる姿との出会い。それは私にとって不思議な運命なのです、人間の姿をした、ギリシャ神話の妖精か、それとも神々に仕える巫女か・・・、彼女は異界の象徴なのです

一行は旅の巡業中です。この辺りも何年かに一度、訪れるのでしょう。故郷をて、芸を披露しながら流浪する人々。三味線を鳴らし、太鼓をたたきながら芸を振舞い客を寄せる。

この作品には、雨や風や草や花、太陽や月などの自然と、三味線や太鼓の音が何度も出てきます。まるで自然と調和したり、何かの合図のように・・・。孤児根性の学生は、この一行に魅かれていきます。一行の醸し出す世界には独特のものがあるのでしょう。そして踊子は、魅惑的であり、蠱惑的こわくてきです。

社会から疎外されている旅芸人一行は、その分だけ、彼らだけの世界を持っているのです。

学生は、現実から逃れたくて伊豆の旅に来ているのです。非日常な旅芸人一行に強く惹かれ、そしていざなわれていくのです。因みに、この一行は40代の女が一人、踊子の他に若い女が二人、それから25.6の男の5人、そして子犬が一匹います。

たちまち学生は、すぐさま茶屋のおかみの建前と本音の二枚舌を知ることになります。

茶屋の婆さんは旅芸人の年嵩としかさの女に向かって、

「そうかねえ。この前連れていたあの子がもうこんなになったのかい。いいあんこになって、お前さんも結構だよ。こんなに奇麗になったのかねえ。女の子ははやいもんだよ(一)」

と話しかけます。小一時間経つと、旅芸人一行が出立します。学生は婆さんに

「あの芸人は今夜どこで泊まるんでしょう(一)」

と尋ねると、すかさず・・・

「あんな者、どこで泊るやら分るものでございますか、旦那様。お客があればあり次第、どこにだって泊るんでございますよ。今夜の宿のあてなんぞございますものか(一)」

と話すのです。金を貰えば客だが、本音はけがらわしいと思っているのです。今夜の宿のあてなどない、つまり今夜の客と一緒に夜を伴にするというわけです。酷く侮蔑した婆さんの言葉です。

学生も婆さんの言葉を鵜吞みにしてしまい、それならば、踊子を今夜は私の部屋に泊まらせるのだ、と気持ちをあおられます。

この婆さん、学生に対しては過分のお茶代をいただいたと大袈裟に恐縮する。こんな光景、当時はあったのでしょうが、なんと裏表のある人間の態度でしょう。この時代の旅芸人一行は、完全にアウトカーストな人々なのでしょう。

因みにこの婆さんの亭主で、中風、脳卒中かなにかを患い全身不随の爺さんが紹介されています。この描写も、どこか妖怪的で人間離れしています

こうして天城トンネルを北口から南伊豆への出口に向かうのです。

芸人達一行との旅が私の旅情をそそる

トンネルの出口を出てすぐに芸人達一行が休んでいるのを見つけます。歩調を緩めるわけにもいかず、学生は女たちを追い越す。先に歩いていた男が学生を見て立ち止まる。

「お足が速いですね。-いい塩梅に晴れました(二)」

歩調を合わせて一緒に歩く。女たちも追いついた。

皆、柳行李やなぎごうりや風呂敷包みや子犬などそれぞれに抱えていた。踊子は太鼓と枠を負っていた。皆で語らいが始まる。一行は大島の波浮港はぶみなとの人達だった。学生は大島のことをいろいろ訊ねた。踊り子がぎこちなく答える。

学生と男は絶えず話し続けて、すっかり親しくなった。そして学生は、下田まで一緒に旅したいと思いきって言ってみた。男は大変喜んだ。こうして学生は異界に深く入っていくのです。

湯ヶ野に着く。木賃宿の二階へ上って荷を下ろした。畳や襖も古びて汚かった。

踊り子が下からお茶を運んでくれたが、学生の前に坐ると、真紅になり茶をこぼしてしまう。私はあまりにひどいはにかみように驚いたが、四十女は、

「まぁ!いやらしい。この子は色気づいたんだよ。あれあれ・・・(二)」

とあきれる。

ここで学生は峠の茶屋の婆さんに煽り立てられた空想が折れる。踊り子の純粋無垢な姿を見るのだ。
つまり婆さんが言うようなそんなふしだら一行ではないのだ。

学生の宿は、別である。木賃宿とは最下層のものを泊める宿なのだ。男はきちんとした宿を案内する。その宿の内湯につかっていると男が入ってきて身の上話を始める。顔付や話振りから相当知識的なことを知る。帰り際に、学生は

「これで柿でもおあがりなさい。二階から失礼(二)」

と言って、金包みを投げた。

「こんなことなさっちゃいけません(二)」

と男はほうり返したが、学生がもう一度投げたので、仕方なく持って帰った。

ここは、潜在的な差別意識を感じさせる。他意はないのだろうが、何と言ってもエリートの一高生である。旅芸人との身分差と言えばそれまでだが、ここで大切なのは男がこの金を投げ返すことの意味である。少なくとも芸の等価で金を貰っているのだ、乞食ではない。

夕暮れからひどい雨になる。こんな雨では、踊り子達が流してくることはあるまいと私は思いながら、じっとしておられずに二度も三度も風呂に入る。

激しい雨の遠くに太鼓の響きが微かに生まれた。雨戸をあけて体を乗り出す。太鼓の音が近づいているようだ。太鼓は踊子が叩いているのだ。そして三味線の音と女の長い叫び声が聞こえた。芸人達は木賃宿の向かいの料理屋の座敷に呼ばれているようだ。酒宴は陽気を越えて馬鹿騒ぎになる。

太鼓の音が聞こえる度に胸がほうと明るんだ。「ああ、踊子はまだ宴会に坐っていたのだ。坐って太鼓を打っているのだ」

太鼓が止むとたまらなかった。踊子の今夜が汚れるのであろうかと悩ましかった。学生にはどうしても茶屋の婆さんの言葉が頭から離れない。とても眠ることなどできずに、何度も湯に入る、湯を荒々しく掻き廻す。どうすることも出来ないたまらない気持ちだ。

月が出た。雨に洗われた秋の夜がえと明るんだ。

翌朝、起きたばかりの私は宿に来た男を誘い湯に行った。

私は昨夜のことが気にかかる。川向こうの共同湯に7.8人の裸体がぼんやり浮かんでいた。ほの暗い湯殿ゆどのの奥から、突然、女が走り出してきて両手をいっぱいに伸ばして何か叫んでいる。真裸まっぱだかだ。それが踊子だった。

若桐わかぎりのように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことこと笑った。子供なんだ。(三)

踊子が娘盛りのように装わせてあるので17、8に見えていたが、とんでもない思い違いをしていた。

ここで主人公は、これまで女として見てきた踊り子の印象が変わります。そう、性の対象としての意識が無くなります。川端文学で言えば、処女性です。無垢で天真爛漫な小動物のような存在です。

次の日は下田に行く約束だったが、今晩、お座敷が入ったので芸人たちは出立を一日伸ばすという。
明日は必ず立つし、明後日は、旅で死んだ赤子の四十九日なので、下田でこころばかりの供養をしてやりたいという。私も旅芸人にあわせて出立を伸ばした。

私は鳥打帽を買って、制帽をカバンに押し込む。

制帽を脱いで鳥打帽に変えます、つまり「学生」は、エリートの象徴を捨てて、この旅芸人一行に加わるのです。

この日は移動がなくなり、おかげで相手を深く知ることになります。

男はまた身の上話を始める。新派役者の一団にいたという。それから身を誤って落ちぶれたのだという。兄が立派にしていて自分はいらない体だという。男は郷里の甲府を離れざるを得なかったらしい。

自分が栄吉と言い、上の娘は女房で千代子、歳は19。40女は女房の実のおふくろ。踊子は14で栄吉の実の妹で薫。もう一人は17で、百合子だけが雇いだという。

彼らには帰る家が大島にあるらしい。ただその大島も流れ着いた場所のようです。妹だけはこんなことをさせたくないと思いつめており、いろいろな事情があるようで、栄吉はひどく感傷的になっていた。

名前を明かすということは、信頼しているということ。栄吉は私に親しみを抱いているのである。

私は踊子と五目並べをする。踊り子は真剣になると碁盤に近づき、私の胸に黒髪が触れそうになった。彼女は不思議に強かった。栄吉は朝から晩まで私の宿に遊んでいた。昼時になる。純朴で親切らしい宿のおかみさんが、あんな者にご飯を出すのは勿体ないと言って、私に忠告した。

ここでもまた侮蔑の眼は、旅芸人に注がれていました。

野の匂いのなか、私の好意は彼らに染み込む

木賃宿では鳥屋が間を借りて鍋をしている。40前後の男が御馳走するという、踊子は百合子と一緒に箸をもって隣へ行き、食べ荒らした鳥鍋をつつく。鳥屋が踊子の肩を軽く叩くと、

「こら。この子に触っておくれでないよ。生娘なんだからね(三)」

と、お袋が恐ろしい顔をした。

鳥屋の男は、気安いつもりだろうが、40女の踊子を守る思いは、子猫を守る母猫のようだ。

鳥屋が放り出した「水戸校門漫遊記」を、踊子にせがまれて私が読み聞かせる。踊子は文盲もんもうのようです。事情があって学校を途中でやめたのでしょう。踊子は、するりと近寄ってきて、私の肩に触るほどに顔を寄せて真剣な顔をする。目をきらきら輝かせて一心に私の額を見つめ、瞬きひとつしなかった。

この美しく光る黒眼がちの大きい瞳は踊子の一番美しい持ちものであった。二重瞼の線が言いようもなく奇麗だった。彼女は花のように笑うのだった

踊り子は、野に咲く花なのだ。無垢で汚れを知らない清楚な姿である。

それから座敷がまたかかり、踊子が太鼓を打つ。太鼓の音は私の心を晴れやかに躍らせた。

もうここでは、踊り子の太鼓の音に私は悩まされることはなく、清々すがすがしさしかありません。

座敷が終ると、彼らは旅で死んだ子供の話をした。水のように透き通った赤坊が生まれたそうである。泣く力もなかったが、それでも1週間息があったそうだ。

「水のように透き通った」とは、まさに生まれた自然の姿は、世間にまみれることなく、ましてや差別など関係ない、純粋な状態である。川端ならではの末後の眼で見た人間の生や命の表現となっている。

好奇心もなく、軽蔑も含まない、彼等が旅芸人であるという種類の人間であることを忘れてしまったような、私の尋常な好意は、彼らの胸にも沁み込んで行くらしかった。(四)

社会から疎外されているからこそ、彼ら芸人達一行だけに、見えて、嗅ぎ分けられて、感じることがあるのだ。それはまさに自然の力でもあるのだ。

こうして親交を深め、私はいつの間にか大島の彼らの家に行くことに決まってしまっていた。また正月には私が手伝って波浮の港で芝居をすることになっていた。

彼らの旅心は、野の匂いを失わないのんきなものであった。
親子兄弟であるだけに、肉親らしい愛情で繋がりあっていた。

夜半やはんを過ぎて私は木賃宿を出る。踊子は明るい空を眺めた。

「ああ、お月さま。―明日は下田、嬉しいな。赤坊の49日をして、おっかさんに櫛を買って貰って、それからいろいろなことがありますのよ。活動へ連れて行ってくださいましね(四)」

踊子を思うことで、孤児意識から解放される

下田の港は、伊豆相模の温泉場を流して歩く旅芸人たちが、旅の空での故郷とするような町であった。湯ケ野から山に入り河津川かわづがわの行手に河津の浜が見え、向こうに大島が見える。

近道になるが険しい山越の間道を抜ける。私は足を早めた、踊子だけがとっとっとっと私についてきて、一行はおくれてしまっていた。

そう、主人公と踊り子の二人きりの世界である。

踊り子は私と等間隔の距離を守りながらついてくる。山の頂上へ出て、踊子は私の袴の裾を払ってくれた。腰掛けのすぐ横に小鳥の群れが渡ってきた。私と踊子はいろいろと話す。

「ああ水が飲みたい」「見て来ましょうね」しかし踊子は雑木の間からむなしく帰ってきた。

ここは川端の初恋の女性である初代との記憶も踊り子と重なり合っているようで幻想的です。

やがて一行が追いつき、下りは私と栄吉がわざとおくれてゆっくりと話しながら出発する。

「この下に泉があるんです。大急ぎでいらしてくださいって、飲まずに待っていますから」

ここが異界の出来事のクライマックスです。

私は冷たい水を手にすくって飲んだ。続いて女たちが飲む。ここにも清らかな水が登場します。そして水面みなもに映った学生の姿は、きっと踊り子と同じように自然に溶け込むことが出来たのでしょう。

「学生」と「踊子」はお互いを映しあう鏡の関係にもなっています。

神聖な自然のなかで踊り子と旅芸人一行と過ごしながら、主人公の学生が自分を発見する瞬間なのです。喉の渇きと同じように、心の渇きも癒されたのです。

犬のむく毛を自分の櫛でいてやったり、私と栄吉が篠竹しのだけを杖にちょうどいいと話していると、竹をぬすんで来たり、隔てない踊子の愛くるしさが存分に描かれます。

そして「金歯を入れたらいい」と何やら聞こえてきます。

今度は、踊子は千代子と私の噂をしているようなのです。顔の話らしいが、今までなら、すぐに気にしていたものが、今では苦にもならないし、聞き耳を立てる気にもならない程に、私は親しい気持ちになっている。

「いい人ね」
「それはそう、いい人らしい」
「ほんとにいい人ね。いい人はいいね」

この物言いは単純で明けっ放しな響きを持っていた。感情の傾きをぽいと幼く投げ出して見せた声だった。私自身にも自分をいい人だと素直に感じることが出来た。(五)

晴れ晴れと眼を上げて明るい山々を眺めた。

20歳はたちの私は自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に堪え切れないで伊豆の旅に来ているのだった。だから世間尋常の意味で自分がいい人に見えることは、言いようもなく有難いのであった。(五)

そうです。ここではじめて主人公の伊豆の旅の理由が明かされます。

そうして学生は自然のなかで、踊り子と旅芸人一行の野の匂いに包まれて、自分と、自分を包んでいるこの世界とが和解したのです。孤児根性から解放されたのです。

自然に感じた美しく空虚な気持ち

しかし自然でないものをすぐ目にします。

それは人間の世界、旅芸人一行はあくまでもアウトカースト。

ところどころの村の入口に立札がある。-物乞い旅芸人村に入るべからず。

下田の北口の甲州屋という木賃宿に着く。そこは旅芸人や香具師やしなどの堅気かたぎでない人々が集い、旅の疲れを癒す場所のようだった。

ここには社会の外側にいる人々ばかりいる。それでも、和気あいあいと馴染み、語らい、生きている。いや外側にいるからこそ、身体を寄せ合い助け合っているのかもしれない。

これで下田までの旅は終わった。淡くほのかに甘い旅情である。交わることのないはずの人々が、野の匂いの好意を、自然のありのままに私に与えてくれたのだ。

どちらが内側で、どちらが外側で。どちらが外側で、どちらが内側なのか。きっと学生にはどうでもよいことだと思えたのではないだろうか。そんなことは空虚である。

いよいよ明日の朝の船で東京に帰らねばならない。私は旅費がもうなくなっていた。

千代子は体が疲れていて、百合子もはにかんで遠慮して、結局、踊り子はたのしみにしていた活動に行くことができなくなり、心が傷つき、ひどくがっかりしていた。私は一人で活動に行くが、すぐに出て、宿に帰った。

いつまでも夜の街を眺めていた。わけもなく涙がぽたぽた落ちた。遠くから絶えず微かに太鼓の音が聞こえてくるようだった。

出立の朝、栄吉が黒紋付の羽織で正装して見送りに来た。女たちは昨夜遅く寝て起きられないという。冬はお待ちしていますとの言づてだった。栄吉は敷島4箱と柿とカオールという口中清涼剤を買ってくれた。これまですべて金を渡している学生と比べて、栄吉はすごく気遣いがありますよね。

私は鳥打帽を栄吉にかぶせ、カバンの中から学校の制帽を出した。

そう、この鳥打帽は踊子がまだ子供なんだと知った翌日に購入したものでした。一高の帽子をかぶった私ではなく、旅芸人一行の家族の一員として迎えられた私として、そしてその帽子を感謝をこめて栄吉に捧げます。

乗船場に近づくと、踊り子の姿が目に飛び込んだ。傍に行くまで彼女はじっとして、黙って頭を下げた。昨夜のままの化粧が私を一層、感情的にした。踊り子は掘割が海に入るところをじっと見下ろしたまま一言も言わなかった。

息子夫婦を流行性感冒で亡くし3人の孫を抱えた婆さんを東京まで連れて行って欲しいとたのまれ、私は快く了解した。はしけが帰っていった。栄吉は鳥打帽をしきりに振っていた、ずっと遠ざかってから踊子が白いものを振り始めた。

私は汽船が下田の海を出て伊豆半島の南端が後ろに消えていくまで、大島を一心に見ていた。それから船室に入って、カバンを枕にして横たわった。涙がぽろぽろカバンに流れた。

隣の少年が私の一高の帽子に好意を感じ話しかけてくる。

「何か御不幸でもおありになったのですか」「いいえ、今人に別れて来たんです」(七)

私は何も考えていなかった。ただ清々すがすがしい満足の中に静かに眠っているようだった。

美しい空虚な気持だった(七)

私は涙を出委でまかせにしていた。頭が澄んだ水になってしまっていて、それがぽろぽろこぼれ、その後には何も残らないような甘い快さだった。(七)

Bitly