ジョバンニは母の病気の看病と遠洋に出ている父を待ちながらバイトで貧しい生活を支える。遊びや勉強の時間もない孤独な日々。そんなとき丘の上から光に吸い込まれ銀河鉄道の旅に出る。親友のカンパネラと旅で知り会う様々な人々と語らいながら「ほんとうの幸い」とは何かを考える。
登場人物
ジョバンニ
母の体が弱いためバイトで生活を支えている、空想好きでカムパネルラは親友。
カムパネルラ
ジョバンニとは幼馴染の親友でお互いの父親も友達、裕福な家庭に育っている。
ザネリ
ジョバンニとカンパネルラたちの同級生で、クラスで一番のいじめっ子。
先生
ジョバンニたちの学校の先生で、銀河のお祭りの日に天の川の授業をする。
ジョバンニの母親
病気のため家で臥していて、ジョバンニのバイト生活の理由になっている。
大学士(学者)
学説を証明するために、牛の祖先であるボスの化石を発掘している。
鳥捕り
銀河鉄道の乗客で、鳥を捕まえて押し葉にして売る商売をしている。
燈台看守(燈台守)
銀河鉄道の乗客で、灯台の灯りを規則通りに点滅させる仕事をしている。
女の子(かおる子)、男の子(タダシ)、青年
姉弟と家庭教師で、タイタニックの座礁事故のあと銀河鉄道に乗ってきた。
マルソ
鳥瓜を川に流しに行く仲間で、カンパネルラのことをジョバンニに伝える。
カムパネルラの父(博士)
父親で博士、カムパネルラを通じジョバンニ親子とは古くからの知り会い。
あらすじ
一.午后の授業
先生が天の川について生徒に問いかけます。「ではみなさんは、川だといわれたり、乳の流れた跡だといわれたりするこのぼんやりと白いものが何かご承知ですか?」
ジョバンニは手を上げようとしますがやめました。あれが全部、星だといつか雑誌で読んだのですが、このごろは毎日が眠く、本を読む暇も読む本も無いので、なんだかどんなこともよくわからない気持がしています。
先生から「ジョバンニさん、わかっているでしょ」と云われ、ジョバンニは立ち上がるのですが、はっきりと答えることができません。「銀河はいったい何でしょう」と先生が云い、ジョバンニはやっぱり星だと思いましたが、答えることができませんでした。
ザネリがジョバンニを見てクスッと笑いました。
先生は「では、カンパネルラさん」と云うと、あんなに元気に手を挙げていたカンパネルラも立ったまま、もじもじして答えません。
しかたなく先生は、星図を差しながら「天の川は、この白い銀河でたくさんの小さな星なのです」と説明をします。
ジョバンニは目にいっぱいに涙を浮かべながら、自分は知っていたこと。そしてカンパネルラもお父さんのうちで一緒に読んだ雑誌で知っていたこと。それなのに、近頃、ぼくが朝にも午后にも仕事が辛く、学校でもみんなとも遊ばず、カンパネルラともあまり話をしなくなっているのを気の毒がって、わざと答えなかったのです。
そう考えると自分もカンパネルラも憐れなような気がしました。
先生は「今日は、銀河のお祭りだからよく空をごらんなさい」と云って授業を終えます。
二.活版所
放課後になってカンパネルラと仲間たちは今夜の星祭に川に流す烏瓜を取りに行く相談をしています。歩いていると、家々では星祭の飾りつけをしていました。
ジョバンニは午后は活版所で活字拾いのアルバイトをしています。小さなピンセットで粟粒くらいの小さな活字を目を拭いながら拾います。仕事場の人たちに「虫めがね君」とからかわれますが、仕事を終わると小さな銀貨をひとつ貰えます。
するとジョバンニはその銀貨でパン屋に寄って、パンの塊を一つと角砂糖を一袋買って一目散に家に急ぎます。
三.家
「お母さん、いま帰ったよ。具合悪くなかったの」
ジョバンニの母親は体が弱く寝ています。「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って」と云いながら、病気の具合やさっき来た姉さんのこと父さんのことなどを話し合います。
父親は北方に漁に出ていると思っているジョバンニですが、密漁で監獄に入っているという噂を聞き、ジョバンニは父親が漁で学校に寄贈した蟹の標本のことなどを朗らかに話し自慢します。
皆は「ジョバンニの父さんはラッコの密漁をしている」と冷やかすけれど、カンパネルラはそんなことは言わないし、そんな時は、ぼくを気の毒そうに見ていることを母親に話します。
ジョバンニとカンパネルラの父親同士も友達で、ジョバンニは昔、カンパネルラの家でアルコールランプで走る汽車で遊んだことや、近頃は、朝、新聞配達が早いから会えないこと、飼っているザウエルという犬がどこまでもついてくることなどを話します。
そしてまだ来てない牛乳を取りに行くついでに、銀河のお祭りを見てくると言い家を出て行きました。
四.ケンタウル祭の夜
町の坂を下りていくとザネリと会います。「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ」と云われ、ジョバンニは胸が冷たくなりながら、すっかり飾られた街を通っていきました。
ジョバンニは時計屋の店先に飾ってある “星座早見表” を見つけます。それは日と時間を合わせて盤を回すと、その時の空が現れるようになっていて、真ん中には上から下へ銀河がぼうっと煙ったような帯になっています。
後ろには三脚の望遠鏡があり、壁には星座をふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形にした図がかかっていました。ジョバンニはこんな中をどこまでも歩いてみたいと思いました。
ジョバンニは牛乳のことを思い出し、牛乳屋へ急ぎます。通りでは子供たちが星めぐりの口笛を吹いたり「ケンタウルス、露をふらせ」と叫んで走っていました。
子供たちのはしゃぐ声を聞きながら牧場の牛乳屋で「今日、牛乳が来てなかったので貰いに上がったのです」と言うと、出てきた老婆から「いま誰もいないので」と言われ、ジョバンニはもう少しして行くことにしました。
町の角を曲がろうとしたら、烏瓜の燈火をめいめい持った六.七人の同級の子供たちと会いました。「川へ行くの」とジョバンニが云おうとしたときに、「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ」とザネリがまた叫び、声をあわせて皆も続けて叫びました。
まっ赤になり行き過ぎようとしたところに、カンパネルラが気の毒そうに見ていました。ジョバンニは何とも云えず寂しくなって黒い丘のほうへ急ぎました。
五.天気輪の柱
ジョバンニはどんどん上っていきました。
草や藪のしげみの中にはぴかぴか青光りを出す虫もいて、烏瓜の灯りのようでした。真っ黒な林を越えると天の川が南から北へ亘っているのが見え、天気輪の柱も見えました。ジョバンニは体を草の上に投げ出します。
町の灯りは海の底のように子供たちの歌声や口笛もかすかに聞こえてきます。遠くに汽車の音が聞こえ、列車の窓が一列に小さく赤く見え、そこに旅人がいると思うと何ともいえず悲しくなってきます。
空を見ると、先生は天の川は小さな星というのですが、ジョバンニには見れば見るほどに林や牧場や野原のように考えられます。ジョバンニはひとり寂しく孤独を感じます。
六.銀河ステーション
すると天気輪の柱が 三角標の形になり、しばらく消えたり灯ったりしていましたが、はっきりして青い剛のように野原に立ちました。そしてどこかで不思議な「銀河ステーション」「銀河ステーション」という声がして、目の前がぱっと明るくなりました。
気がついてみるとジョバンニは小さな列車に乗って走り続けているのでした。ジョバンニは窓から外を見ながら座っていたのです。すぐ目の前にカンパネルラがいました。
ジョバンニが「カンパネルラ、きみは前からここに居たの」と云おうとしたときに、
カンパネルラは「みんなはずいぶん走ったけれど遅れてしまったよ」と言い、ジョバンニが「どこかで待っていようか」と云うと、カンパネルラは「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎えにきたんだ」と少し顔色を青ざめて苦しそうでした。
カンパネルラはそれから窓から外を覗きながら元気になりました。次は白鳥の停車場だといいます。そして地図を回しながら、天の川の左の岸にそって鉄道線路が南へ南へ行きます。
河の遠くを白鳥が飛び、青白く光る銀河の岸に銀色のススキがさらさらとゆられて動いています。野原にはあちこちに燐光の三角標が美しく立っています。
「ぼくはすっかり天の野原に来た、この汽車、石炭をたいていないねぇ」とジョバンニが云います。すると「アルコールか電気だろう」とカンパネルラが云います。線路のヘリには紫のりんどうの花が咲いていました。
七.北十字とプリオシン海岸
「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか」いきなりカンパネルラが思い切ったように少しどもりながら咳込んで云いました。「おっかさんが本当に幸せになることだったら何でもする、けれども、どんなことがおっかさんの一番の幸せなんだろう」と言います。
「ぼくはわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸せなんだねぇ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う」とカンパネルラは何か決心しているように見えました。
俄かに車の中がぱっと白く明るくなり銀河に一つの島が見え、その頂に白い十字架が立って金色の円光をいただき、静かに永久に立っていました。
「ハレルヤ、ハレルヤ」車室の中の旅人たちはバイブルを胸にあてたり、水晶の数珠をかけたり、どの人も指を組み合わせ祈っているのでした。島と十字架は後ろに移っていきました。向こうの岸でもススキとりんどうの花が見えます。
そして十一時きっかりに白鳥の駅に着きます。二十分停車と書いてあり、「下りよう」と二人はドアを飛び出して改札口にかけていきます。停車場の前から幅の広い道がまっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。そして河原に出ました。
カンパネルラはきれいな砂をつまみ「この砂は水晶だ。中で小さな火が燃えている」と云います。ジョバンニが水に手を浸すと、銀河の水は透きとおっていました。
川上のほうをみると白い岩が川に沿って出ていて、そこに五六人の人が何かを掘っているようでした。そっちのほうへ行くと入り口に[プリオシン海岸]という標札があります。
カンパネルラは黒い細長い先の尖ったくるみの実のようなものを拾いました。
近くにいくとそこでは大きな青白い獣の骨が掘り出されていました。
大学士のような人が眼鏡をきらっと光らせて「くるみのようなものがあったろう、ざっと百二十万年くらい前のものだよ、この獣はボスといって、牛の先祖で昔はたくさんいたよ」と云います。それから二人は来た道を走って帰り、もとの車室の席に戻ります。
八.鳥を捕る人
鳥を捕まえる商売をしている赤ひげの人が乗ってきました。
「何鳥ですか」と訊ねると、「鶴や雁、鷺や白鳥も」と鳥捕りは答えます。鷺は押し葉にして食べると言います。「おかしいねぇ」とカンパネルラが首をかしげると、「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです」と言って網棚から包みを下ろして見せます。
ジョバンニが「鷺は、おいしいんですか」と訊ねると、「ええ毎日注文があります。しかし雁のほうがもっと売れます」そう言って鳥捕りは、雁の足を引っ張ってはなします。「どうです、食べてごらんなさい」と言われ二人は食べてみてチョコレートよりもっとおいしいと思います。
「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう」カンパネルラが思い切って訊ねます。
すると鳥捕りは慌てたように「そうそう、ここで降りなきゃ」と荷物を取ったと思うと見えなくなりました。
そして鳥捕りは、かわらはこぐさの上に立ってじっと空を見ています。すると鷺が雪が降るようにおりてきて、鳥捕りが片っ端から押さえて布の袋に入れていきます。そうして気づいたら、鳥捕りはジョバンニの隣に戻ってきていました。