最後に感想です
熱情のなかで、汚れていくこと
日本の国語教材の古典とも言えるヘッセの『少年の日の思い出』ですが、同時にヘッセの性質も考えながらこの短編小説を味わってみます。
この作品の構造で、少し不思議に思う点。
それは、「私」の蝶採集の話から、「友人」は「もう結構!」と蓋を閉じて、「彼」の恥ずかしい思い出を「私」に、聞いてもらおうかと言って、 物語の本筋である「ぼくの少年の日の思い出」の話が展開されています。
そして最後は、自分の行ったことに対して自分自身に罰を与えるかのように、宝物だった蝶の採集をひとつひとつ潰して、蝶と決別したことを語り、どこかプツっと物語が終った感じがします。
それは「聞いてもらおう」といって、始めた話だから、やはり「私」がどう思ったかという意見で着地して欲しいわけです。そこでこの部分を考えてみます。
現在、目の前にいる私の「友人」が話している、「少年の日の思い出」は、大人になっても不愉快なもののようです。
この“不愉快”とは、嫌な思い出ということでしょう。しかしその前提にどことなく、現在においても尚、私の「友人」は、エーミールとの人格上のミスマッチ(不一致)感をひきずっているようです。
客観的に、話を聞く限りにおいてエーミールは何も悪くないと思います。
しかし、「友人」にとっては、エーミールのその模範的な態度は、悪徳とまで考えており、少年の「ぼく」の弁明もきかず軽蔑されたことが許せないのかもしれません。
それはやはり文中の、“宝物” VS “宝石” に象徴されると思うのです。
エーミールは、冷徹で非の打ちどころのない人間のようです。どこから見ても完璧ないやな奴で、子どもたちのあいだでも人一倍気味悪がられていた。と描かれています。
ただこれも「ぼく」の主観が多分に入っているかもしれませんよね。はっきり言えることは、エーミールのことが嫌いなのですね。
その嫌いのなかには妬みと感嘆(感心して褒める)という複雑な思いが含まれています。完璧すぎて嫌いって感情、ありますよね。しかもこの件で、決定的に否定されていますから。
「そう、そう、きみってそんな人なの?」この言われ方って相当に堪えますよね。
理由を聞く耳を持たず、「ぼく」には蝶を扱う資格がないというわけです。「ぼく」の蝶への熱情に対して、エーミールは「ぼく」には蝶への愛情がないと言っているのです。
「ぼく」が、お詫びとして、持っている宝物全てで弁償しようとしている。しかし、エーミールは、ぼくのものには関心なく、ぼくという全人格を否定してしまうのです。
思い出は、楽しかったり、美しかったりというだけでなく、汚れてしうものもあります。
道理的には自分の非しかないことは分かっていても、不思議に自分を許している、自分を擁護している場合ってありませんか。まあ、自意識が高いのでしょうが・・・、あるいは人間って、自分で自分を否定することは難しいものでしょう・・・。ただしこの件で、大きく挫折していますよね。
人生にはエーミールのような恵まれた環境で育まれた気質、時に、住む世界が違うと思われるような人もいるし、優しく正義を貫き我が子を見守ることのできる「ぼく」の母親のような人もいます。もっともっといろいろな人々がいるでしょう。
聞き手である現在の「私」が、何かを意思表示するとして、少年が自ら招いた結果とはいえ、残酷な思い出となった「友人」の辛さを思うと、何も言えないですよね。
「いやぁ、きみのやったことは正しかったよ」なんてそれはさすがに言えないし、「何となく気持ちわかるよ」なんて慰めも薄っぺらですよね。あたりさわりのない心象や情景の描写は弱くなるだけで必要ない気もします。
強い自意識と罪の意識の葛藤のなかで、採集した蝶をひとつずつ潰すことで自分に罰を与えたわけです。
激しい熱情から有頂天となり、奈落の底へ堕ちたようなものですよね。
こうして永遠の苦い思い出として抱き続け、私に告白したのでした。
こうなると言葉なんて無力です、そっとしておいたほうがよいですね。
私は、また蝶採集をはじめたようですが、「彼」は、二度と蝶採集はやらないと心に決めています。それでも、あれほど夢中になったことはないという思い出は消えないようです。
この作品を国語教材として多感な中学のときに学んだ、今では大人になった、当時の少年たち、数十年間にわたり、それぞれ世代の人々がどんな感想をもったのか興味深いですね。
そして今もう一度、読んでみて、どう思われますか?現代では、自然がなくなっていき、昆虫採集の熱情を理解しがたくなっていることの方が問題かもしれません・・・
因みに、この作品のエーミールと少年という異なる性格は、同時期に発表された自伝的な『車輪の下』でハンスとハイルナーを登場させ束縛と解放を描いたことと同様に、内容は違いますが、ヘッセの両面の性質ではないかと感じます。
ところで・・・冷静沈着なうちの奥さんはエーミール派のようで、私が、少年の気持ちもわかるよと言うと、彼女は否定し意見が対立しました。危ないところでした。それでなくともいつも中2レベルと評価されていますから・・・
何かに熱くなったことはないのですか?と問い質したくなりましたが、それ以上の議論は避けました。
ここは、やはり、物語の余韻を味わった方が良いですね。