マリオ・プーゾ『ゴッドファーザー』|あらすじと登場人物

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●目次

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家名を尊び、愛の絆を信じ、血と暴力が迸る、荘厳なオデッセイ

愛、友情、忠誠、支配、戦い、隷属、裏切りなどを通じて、“かけがえのないもの” を求め、守り、そして失っていく人間たち。原作では、ヴィトーとその家族、そして組織であるコルネオーネ・ファミリー。さらに後継者となるマイケルの苦悩と、運命に翻弄されていく姿が描かれる。

マフィアのインサイド・ストーリーゆえ、法の支配のなかで生きる私たちの社会とは異次元の世界だが、道理が通り共感できる部分もある。人間と人間がぶつかり合う社会には様々なことが起こる。

法の裁きでは納得できない怒りや悲しみを負った人々は存在する。第三者の視点でも、罪と罰の不均衡に憤る場合も多々あるのではなかろうか。

裏社会の無法に生きる人々と相対する表社会で生きる人々の繋がり。人間の行為としての善悪、それは全くの彼岸の出来事ではなく、ひと続きの現実の中で起きている。

人間の個としての実存、家族や夫婦、共同体、社会、そして敵対するものとの戦い。この敵対は自己本位の中で顕在化する価値観の違いでもある。

物語の最大のテーマは<人間の生死>だろう。人は生まれ、そして死ぬ。その間に時間という旅を彷徨う。家族の名誉をかけた荘厳なオデッセイ。それはすべての人々のそれぞれの人生のなかに流れる時間でもあるはずだ。

支配者と支配される人々、権力者と虐げられる人々、そして宗教―西欧キリスト社会に馴染みの薄い日本人だがーひろくローマ・カソリックを信仰する人々の生き方。

ゴッドファーザーとは “名づけ親” の意で、両親とは別にカソリック教会において神の洗礼を受けるとき代父母となり、親に次いで責任をもつ後見人を指す。

イタリア人はキリスト教の宗派的にはカソリックが多く、その教えは、祈り、善行を積み、告解(懺悔)をおこない、持つ者は寄進し、持たざる者には与える。洗礼名を戴き、生きそして死んで、神の審判を受け天国へ召される。

生まれてから、死ぬまで。それを人生と呼べば、人生は運命に翻弄される。

本の表紙カバーや映画で表された『ゴッドファーザー』のタイトルロゴ “father” の文字は “操り人形” のように吊られている。

原作では、ヴィトー・コルレオーネの停戦協定の名演説の際に、アメリカの自由に浴して成功した各ファミリーの領袖の生き様を、誰の “操り人形” になることもなく・・・と感慨深く話す場面がある。

またマイケルを罠に嵌めて無垢で穢れの無いアポロニアの命を奪った裏切り者のボディガード、ファブリッツィオの胸に刺青された “男が女を剣で刺す” 紋様は<名誉>を象徴的にあらわす。

さらに映画(PARTⅢ)では離婚したケイとマイケルがシシリーの町の見世物でその “男が女を剣で刺す” 人形劇を観るシーンがあり、ここでケイはマイケルに<名誉>という言葉を、理解ができないような眼差しで投げかる。

 “ゴッドファーザー” とは「友情」と「忠誠」を象徴する。この二語は生死に匹敵するくらいの重みのある言葉として位置づけられます。

絶大な裏世界の力に対して、人々は畏敬の念をもって神のごとく「ゴッドファーザー」と呼ぶのです。

登場人物

荘厳なオデッセイ『ゴッドファーザー』の原作は第一部から第九部の構成で32のエピソードで描かれます。多様な支流が本流と出逢い、激しい流れとなり大きな運命へと飲み込まれます。スピンオフが多くありサブ・プロットが丁寧に描き上げられた物語構造が魅力です。

ヴィトーの家族

ヴィトー・コルレオーネ
イタリア系移民、十二歳で故郷シシリー島コルレオーネ村を追われニューヨークへ。現在はニューヨークの五大ファミリーのひとつコルネオーネ・ファミリーの領袖。

ソニー(洗礼名サンティノ)
ヴィトーの長男、跡継ぎの候補としてドンの傍で片腕として活躍する。暴力的なカリスマ性を持つが、激情型で気が短い欠点を持ち、敵の罠に嵌ってしまい命を落とす。

フレッド(洗礼名フレデリコ)
ヴィトーの次男、心は優しいが気が弱い、人を引きつける魅力がなくドンの器ではない。ドン襲撃事件を機にベガスへカジノの修行に行くが女癖が悪く、父親の評価は低い。

マイケル
ヴィトーの三男、ドンのお気に入りだが大学出で軍隊歴もあり組織のビジネスを嫌う、危篤のドンを見舞い、父への愛情と命を守るため殺人を犯し運命を大きく変えてしまう。

コニー(洗礼名コンスタンツィア)
ヴィトーの末娘、兄ソニーの紹介でハンサムなカルロと結婚し盛大な祝いを催すが、次第に夫婦仲が悪くなり、喧嘩が常態化しついに大きな不運を引き起こしてしまう。

ヴィトー家の人間と結婚あるいは恋愛する人々

ケイ・アダムス
大学時代のマイケルの恋人、シシリーに逃れたマイケルを待ちわびる。帰国後、マフィアの現実を知り自己の人生に悩むが、愛ゆえにマイケルの妻となり二人の子どもを産む。

カルロ・リッツイ
コニーの夫、シシリーの血統ではないためファミリーの仕事に就けず鬱々とした日々を送る。女遊びと酒に浸る日々で鬱憤晴らしにコニーに暴力を振るい、敵につけ入られる。

アポロニア
シシリーの村娘。皮膚はココア色で、目は大きく、瞳は濃く茶色。唇は甘く豊かで深紅に染められている。信じがたいほどの愛らしい処女でマイケルは一瞬で心を射られる。

ルーシー・マンチニ
コニーの花嫁介添え役で、結婚披露宴でソニーに秋波を送り愛人となる。その後も関係は続き、ソニー暗殺の日も一緒だった。ラスベガスに渡り医師ジュールスと結ばれる。

コルレオーネ・ファミリーの顧問役(コンシリエーレ)

ジェンコ・アッバンダンド
ドン・ヴィトーの初代の顧問役コンシリエーレ。ヴィトーが十二歳でニューヨークに着いて世話になったアッバンダンド氏の息子。シシリー人で長くドンの補佐として仕えたが癌を患い死去する。

トム・ハーゲン
孤児でソニーに連れられコルレオーネ家で育つ。弁護士を経験し、その後、ドンの先代の顧問役の死に伴い後継につき信頼は厚い。ヴィトーの死後は同じくマイケルに仕える。

コルレオーネ・ファミリーの幹部や兵隊たち

ピーター・クレメンツァ
ヴィトーとは若い頃の泥棒仲間で長く仕える。テッシオと同じファミリーの古参の幹部で、肥満体で陽気な性格だが、武闘派でコルネオーネ・ファミリーの最強の組織である。

サルバトーレ・テッシオ
同じく昔からの泥棒仲間。ファミリーの古参の幹部で最強の組織を持つがクレメンツァとは対照的で、長身で冷静。ブルックリン地区を任せられているが、寂しい末路となる。

ルカ・ブラージ
単独で殺しをやる暗黒街で恐れられる殺し屋、ヴィトーの組織を支える要石的な存在。若き頃、殺人の罪で収監されたが、ドンに助けられて以来、絶対の忠誠を誓っている。

ポーリー・ガット
クレメンツァの優秀な部下だったが、自身の野心のために敵に内通しドン・ヴィトー襲撃のきっかけをつくる。裏切りが露呈し、クレメンツァの命令でロッコより殺される。

ロッコ・ランポーネ
クレメンツァの部下で、ポーリーに代わる右腕としてのしあがってくる。優秀な働きをドン・ヴィトーにも認められ、クレメンツァに代わりマイケルの右腕となっていく。

アルベルト・ネリ
不正を嫌う廉直な警官だったが、暴力的な正義感が昂じ署内でも妻にも親族にも疎んじられ、麻薬中毒者への過剰行為で実刑を受けるが、マイケルに救われ永遠の忠誠を誓う。

ドン・ヴィトーを慕う人々

ジョニー・フォンテーン
一流映画スターで人気歌手でもある。名付け親ドン・ヴィトーが窮地を救ったおかげで人気が復活する。以来、最後までヴィトーとコルネオーネ・ファミリーに忠誠を誓う。

ニノ・バレンタイン
ジョニーの昔の歌仲間。ジョニーのように成功できずに失望のあまりに酒に溺れているが、文句を言わぬ陽気者の楽しい男で、友情を大切にしながら今も歌をうたっている。

ジニー
ジョニーの元妻。ジョニーとの間に子どもがいて、多額の養育費を受け取り、週に一.二度、父親としてジョニーは会いにやってくるが再婚はせずに、今は友達のような関係。

ジュールズ・シーガル
ドン・ヴィトーを自宅で看た医師ケネディの知り合いで優秀な外科医。違法な堕胎手術で冷遇されたがコルネオーネ・ファミリーのおかげでベガスのホテルの主治医となる。

エンツォ
パン屋のナゾリーネのところで働く若者で、もとはイタリア兵の捕虜だったがヴィトーの計らいで市民権を得る。この恩に報いるためにマイケルと病院の前でヴィトーを守る。

アメリゴ・ボナッセラ
ヴィトーとは古い知り合いで娘は名付け親だったが、関係を持つことを嫌う。娘が男たちに暴漢されその復讐をゴッドファーザーに依頼し、非礼を詫びて友情と忠誠を誓う。

コルレオーネ・ファミリーと敵対する人々

ジャック・ウォルツ
ハリウッド映画界の実力者で凄腕プロデューサーでもある。育成する女優の卵を寝取ったジョニーを干し上げるが、愛馬の首を刎ねられコルネオーネ・ファミリーに従う。

バージル・ソッロッツォ                                   タークと呼ばれるナイフ使いの名人で、タッタリアと組んで麻薬ビジネスをヴィトーに持ち掛ける。資金の提供と政治家の保護を求めたがヴィトーに断られ、暗殺を試みる。

フィリップ・タッタリア                                   タッタリア・ファミリーのドン、ソッロッツォと組み麻薬ビジネスを仕掛けるが、ドンの暗殺に失敗し、息子のブルーノを殺され、コルネオーネ・ファミリーと大抗争となる。

マーク・マクルスキー                                    ソッロッツォから莫大な金で買収されているニューヨーク警察の悪徳警部。ソッロッツォと組んでドン・ヴィトーの生命をつけ狙うが、マイケルの勇気によって阻まれる。

エミリオ・バルジーニ                                    ニューヨーク五大ファミリーのひとつ、ソッロッツォとタッタリアが仕掛けた麻薬ビジネスを操る黒幕で、ドンの衰弱とソニーの死でコルネオーネを凌ぐファミリーとなる。

モー・グリーネ                                       ラスベガスでカジノとホテルを経営する。もとはブルックリンで殺人組織の殺し屋として名を高めたハンサムな悪党。マイケルのネバダ進出計画に伴い買収をせまられる。

マイケルを匿うシシリーのファミリー

トッマジノ                                         シシリーのコルレオーネ地方を領地とするマフィアのボスで、ヴィトーとは古くからの友人。ソッロッツォと警部殺しでニューヨークを逃れてきたマイケルを秘密裏に匿う。

ターツァ                                          シシリーに住む七十を越える医者でトツマジノの叔父。売春宿伺いと膨大な読書が悪弊でコルレオーネに身を隠すマイケルを看る傍らで、古いシシリーの歴史や物語を伝える。

ファブリッツィオ                                      トツマジノの部下で、マイケルの忠実なボディガード。陽気な若者で、イタリア海軍で水兵をしており記念に胸に刺青をする。マイケルを裏切り車に爆弾を仕掛け去っていく。

カロ                                            トツマジノの部下で、マイケルの忠実なボディガード。恐ろしく無口なうえにインディアンのように表情のない顔をしている。シシリーの男に典型的なたくましい身体つき。

原作者と作品背景

『ゴッドファーザー』は犯罪小説です。一九六九年発表のこの小説は世界中でベストセラーとなり、日本ではハヤカワ文庫から一九七三年に上下巻で刊行されています。すでに半世紀を過ぎました。

自身もイタリア系移民である原作者マリオ・プーゾは一九二〇年に、ニューヨークのスラム、通称 “ヘルズ・キッチン” に生まれます。現在はお洒落な街ですが、当時は悲惨で物騒な場所だったようです。第二次世界大戦中はアメリカ陸軍航空隊に従軍し、アジア戦線やドイツで戦っています。

作品には確かに “沈黙の掟” による血と暴力に支配されたマフィアの世界が描かれています。しかし世界の人々は、この作品にもっと深い人間の根源を感じたはずです。

この原作をもとにフランシス・フォード・コッポラ監督により映画史上不滅の名作「ゴッドファーザーPARTⅠ(一九七二年)」が製作、ほぼ忠実に再現されます。続いて新たな脚本を加えるかたちで「ゴッドファーザーPARTⅡ(一九七四年)」が製作されます。

この二本ともに数々のアカデミー賞を受賞します。そして十六年後に「ゴッドファーザーPARTⅢ(一九九〇年)」が発表されます。本ブログではマリオ・プーゾ原作『ゴッドファーザー』(一九六九年)の解説を中心に、映画のPARTⅠ.Ⅱ.Ⅲの世界を俯瞰します。

一九六九年以降は政治の季節でもあります。映画界ではアメリカン・ニューシネマと呼ばれる体制への反抗や戦争への批判、変容するアメリカを描いた作品が隆盛します。

十年間の代表的な作品を紹介しますと、一九六七年に「俺たちに明日はない」「卒業」、六九年に「イージーライダー」「真夜中のカウボーイ」「明日に向かって撃て」、七〇年に「いちご白書」、七一年に「時計じかけのオレンジ」そして七二年に「ゴッドファーザーPARTⅠ」七四年に「PARTⅡ」、七六年に「タクシードライバー」と続きます。

ただし「ゴッドファーザーPARTⅠ」は、第二次世界大戦終結後の一九四五年のニューヨークが舞台となっており、特にベトナム戦争前後の視点が多いアメリカン・ニューシネマとは少し印象が異なります。

アメリカは、二度の世界大戦で唯一本土攻撃を受けていない戦勝国として、物資の供給や復興の債権で好景気に沸き、消費文化が隆盛を極め自由を謳歌する時代となります。

原作では、ヴィトーは五〇歳前半の首領として、ソニーは三〇歳前の首領代理として、マイケルは二〇歳前半の大学生で、過去に従軍し武勲より大尉の称号を得ています。前後して狂騒の二十年代、世界恐慌、ニューディール政策、第二次世界大戦、戦後好景気、冷戦、そしてベトナム戦争。このような時代背景の中で、アメリカを陰で支配する巨大組織マフィアがニューヨークで台頭します。

人々はこの物語に、社会が失った家族の血縁と名誉と絆を感じとります。現在も加速する貪欲な資本主義のなかで、生き残ることに必死となり、政治であれ権力であれ、操られることなく「生」を送り、愛する者に見守られながら、静かな「死」を受け入れたいと願うのは人間の本性かもしれません。

家名を尊び、愛の絆を信じ、血と暴力がほとばしる弱肉強食の世界を描いた荘厳なオデッセイはまた、私たち、一人ひとりの人生の映し鏡のように感じられるのです。

●次を読む『ゴッドファーザー』家族の名誉をかけた荘厳なオデッセイ|原作の解説その1

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