江戸川乱歩『人間椅子』あらすじ|醜い男が女性に触れる異常な方法。

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解説

最初は、“人間椅子” の意味がよくわかりません。しかしこの男の境遇と大きな革張りの椅子に自分を隠すという発想。そのために椅子の部位を改良していく職人作業の描写。このプロットを合意で進むと、そこには幻想や官能の世界が広がります。

皮膚感覚で想像をかきたてる、幻想的な官能小説。

世にも醜い一人の椅子職人の男。彼はただ甘美な夢を見続けます。顔を見せられない恥ずかしさと、甘味な夢に悩まされつづけるのです。

その夢の実現のためこの男にできる最も可能なことは、自分の腕前をいかした椅子づくりです。職人の男は人間が入ることのできる椅子が何とかできないかと考え試行錯誤します。

苦労を重ねて、男はついに<人間椅子>を造ってしまうのです。

この皮一枚で隔てられた人間椅子で触覚、聴覚、嗅覚で女性の肉体を堪能します。

椅子は西洋の生活様式の象徴でもあります。椅子の納品先は外国人専用のホテルでした。椅子という洋式文化を、当時のハイカラな日本人は興味を持って迎い入れたことでしょう。

椅子に対しては、人は疑いもなく惑いもなく無防備に座ります。

その椅子の中に、人間が入っていることのおぞましさ。その発想に独自性を感じます。

無防備ゆえ、自然な状態で触れられる不気味さが伝わる。

ホテルに設置され西洋人が多く座り、異国の乙女は椅子の上でダンスのような動きをして椅子職人の男を楽しませてくれます。

男は椅子の中から手や足や腰をほんの少し動かしながら、座った人を迎えてみます。背後から体に触れます。無防備な状態にある人に対して、男は気づかれずに官能を楽しみます。

やがてホテルは売却され、椅子は日本人の外交官の家に転売されます。そこでは主人ではなく、奥様が主に利用することになっていました。ここで外務省に勤める夫を持つ上流階級の閨秀作家と醜い椅子職人という出会うことの在りえない人間関係が設定されます。

椅子のなかの男の行為は、背後から奥様に向かいます。

この人間椅子の世界、女性の身体をゆっくりと触れながら恍惚にひたる醜い容貌の男。

男の異常な思いから始まる椅子づくり、腰かける肌の感触から満たされる快感、さらにほんの少しだけ自らの手や足や腰を動かし相手の肌に触れる官能。

熱烈な作家志望のファンとして手紙を送り、最後には、人気作家の佳子よしこへ、この拙作せっさくを「人間椅子」という題にしようと思うとしながら、佳子の感想や評価を聞くという結末で物語が閉じられます。

エロ・グロな中にも、洒落たセンスを漂わせた江戸川乱歩の描く幻想・怪奇な物語です。

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作品の背景

江戸川乱歩の作品は1920-1930年代に多く執筆されている。推理小説が多く、明智小五郎ものの短中長編とそれ以外のノンシリーズのものに分かれる。当時の読者は本格推理小説よりも幻想・怪奇小説を好んでおり、この「人間椅子」はノンシリーズもので幻想・怪奇小説に区分される。

人間椅子という荒唐無稽な話だが、読み進むうちに、可能かもしれないと思わせる椅子作りの詳細な描写、そして完成した人間椅子を通じて女性に触れるという幻想的な感覚を味わう作品となっている。

物語最後の “作家の佳子に感想を聞く”という落としどころも洒落ている。テレビドラマとしても何度も制作され、近年もNHK BSプレミアムの『シリーズ江戸川乱歩短編集Ⅱ妖しい愛の物語』の第3話として佳子役に満島ひかりが演じている。

発表時期

1925年(大正14年)、『苦楽』9月号に掲載される。 幻想的で甘美な怪奇小説の世界。 江戸川乱歩は当時30歳。江戸川乱歩のペンネームは、エドガー・アラン・ポーに由来する。大正から昭和期にかけて推理小説を得意とした小説家・推理作家の代表作である。実際に探偵事務所に勤務した経歴を持つ。また児童向け作品には少年探偵団や怪人二十面相ものなど多くの作品がある。