宮沢賢治『注文の多い料理店』解説|震えて眠れ、傲慢な都会人!

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これは自然が人間を懲らしめる話のようです。童話集の「序」には、「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃色のうつくしい朝日の日光をのむことができます」とあります。もっとコレも欲しい、もっとアレも欲しい。モノだけの豊かさを成功と考える人々に対して、賢治の考える理想郷、イーハトーヴの心象世界では、どうしてもこんなことがあるようでしかたないというお話なのです。この世界は人間だけが生きているのではありません。とても短い話のなかには、たいせつな栄養がいっぱい入っています。

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あらすじと解説

自己中心、身勝手な東京人

二人の紳士がイギリスの兵隊のような服装をして鉄砲を担ぎ、白熊のような高価な猟犬を連れて、山奥まで狩りにやってきます。これって近衛兵の恰好を連想してしまいます。どこか滑稽ですよね。

そこには西洋かぶれ、浅薄さを感じますよね。この二人は狩猟を楽しみにやってきた人たちです。

物語では、はっきりと“東京”から来たと分かるように書いてあり、都会と田舎の比較にもなっているようです。

獲物はいなくて収穫はありませんでした。

ひとりが「鳥でも獣でもいいから、早くタンタアーンと、やってみたいもんだなぁ」と仕留めるところを想像して言います。するともうひとりは「鹿の黄色いお腹に二、三発撃ち込んだら、鹿はくるくるまわって、どたっと倒れて、ずいぶん痛快だろうね」と死んでいく姿を話しています。

動物の命を奪うことを、レジャーやスポーツ感覚で捉えています。

そのとき、山深い自然が変化します。

案内人はまごついてどこかに行ってしまいました。猟犬も二匹一緒に、眩暈を起こし、うなって、泡を吐いて死んでしまいました。異常なことが起こっているのに、二人は犬を心配するでもなく、死んだ犬の購入した値段を言いあいながら、いくら損害がでたと言いあっています。

犬の命よりもお金を失ったと嘆いているのです、あきれますよね。

次第に気分が悪くなり、二人の青年は山から帰ろうとします。ところが帰り道が分からなくなりました。

風が動き出し、山が怒る

風がどうと吹いてきます。

草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。

何かが起こりそうな怪しい気配。まるで、山が怒っているような感じですが、二人はお腹がとても空いたので、もう歩きたくないなぁと思っています。

そこに・・・西洋料理店<山猫軒>

どなたもお入りください、決して遠慮はいりません。

一軒の西洋造りの家、どうも食事が出来そうな感じです。料理をただでご馳走してくれるようです。

世の中、うまくできてるね、と二人は喜びます。

戸を押してなかに入ると、「ことに肥ったお方や若い方は、大歓迎いたします」と書いてあり、「僕らは両方兼ねている、と大喜びします。

この呑気さ、とても無邪気ですよね。

ずんずん進むと、次々に戸があります。次の扉を開けようとすると、

「当店は注文の多い料理店ですからどうかそこはご了承ください」と書いてあり、「なかなか流行っているんだ、こんな山の中で」と二人は思います。

扉の裏側には「注文はずいぶん多いでしょうが、どうか一々こらえて下さい」と書いてあり、「注文が多くて支度が手間取るけれどご了承ください」という意味なんだと解釈します。

またひとつ扉が開きます。「髪をきちんと、そして靴の泥を落としてください」とあり、「作法の厳しい家だ、偉い人がたびたび来るんだ」と考えます。

いやはや、あきれるほどの都合の良い解釈ですね。

すると、髪を掻くブラシがぽうっとかすんで無くなり、風がどうっと室の中に入ってきました。次に進むと「鉄砲と弾丸をここに置いてください」「帽子と外套と靴をおとりください」「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他の金物類、ことに尖ったものはみなここに置いてください」と続きます。

次の扉には「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください」とあり、すぐその前に、さらに次の戸がありました。「料理はもうすぐです。十五分とはお待たせしません。すぐ食べられます。早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけて下さい」とあります。

香水はへんに酢くさい、と思いますが下女が間違えたのだろうとのん気です。

レシピ(手順)と二人の対応が絶妙で、この流れがとても面白いです。

扉の裏側には「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください」とあります。

いや、わざわざご苦労です。さあさあ、お腹におはいりください。

えっ、食べられるのは人間

二人は気づきます。西洋料理店というのは、来た人に食べさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてしまうということなんだと。

お話を読んでいる子供たちも、恐さ半分でしょうが、きっと無邪気に笑っていますよね。

主客が転倒しているのです。人間がいちばんで、常に、人間の都合の良いように世界があるのではない。山の奥深いところでは、人間の傲慢に仕返しをする自然の姿があるのです。

賢治には、どうしてもこんなことがあるようでしかたないと思えるのです。

「つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが・・・うわぁ」逃げようとしますが戸は空きません。奥の方にまだ一枚扉があって、鍵穴からきょろきょろ二つの青い目玉がこちらを覗いています。

「だめだよ。もう気がついたよ。塩をもみこまないようだよ。

あたりまえさ。親分の書きようがまずいんだ。あすこへ、いろいろ注文がうるさかったでしょう、お気の毒でしたなんて、間抜けなことを書いたもんだ。

二人は怖くて顔がまるでくしゃくしゃの紙屑のようになり、ぶるぶる震え、声もなく泣きました。

中では、ふっふっふっと笑って叫んでいます。「そんなに泣いては折角のクリームが流れるじゃありませんか。親方がもうナフキンをかけて、舌なめずりをして待っていらっしゃいます」

二人は泣いていました。そのとき後ろから「わん、わん、ぐわあ」とあの白熊のような犬が部屋の中に飛び込んできました。鍵穴の目玉はたちまち無くなりました。

犬が次の扉に飛びつくと、犬は吸い込まれるように飛んでいきました。扉の向こうの暗闇の中で「にゃあお、くわあ、ごろごろ」と声がして室は煙のように消えました。

そう、西洋料理店<山猫軒>は消えてしまったのです。

二人は寒さに震え草の中に立っていました。上着やサイフやネクタイピンは枝にぶら下がったり根もとに散らばったりしていました。

風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。

犬が戻り、案内人が「旦那あ、旦那あ」と叫びます。二人は安心しました。
しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。

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