ヴィトーは一代で、巨大な犯罪組織コルレオーネ・ファミリーを築き上げた
禁酒法の撤廃後は、マンハッタン全域の賭博事業を牛耳っていたサルバトーレ・マランツァーノという暗黒街の大物の一人と対等の協力関係を提案した。賭博に対する、組織の力と警察と政界に対するコネの代わりに、ブルックリン地区とブロンクス地区をヴィトーの管理下におくことだった。
しかし悪名高いアル・カポネと友人で、自らの組織と兵隊と軍資金を持つマランツァーノは拒否する。
ここに一九三三年の大戦争が口火を切り、ニューヨーク暗黒街の組織図を書き換えるものとなった。
勢力的にはマランツァーノは多数の兵隊を有する組織を誇り、カポネとの親交もあり、タッタリア・ファミリーとも友好関係にあった、また実業界の大ボスとも政治的なつながりを持っていた。
一方のドン・コルレオーネはクレメンツァとテッシオに率いられた二つの小さな、統制のとれた組織があるだけだった。マランツァーノの要請でシカゴのカポネは優秀な暗殺者を二人、送り込んだ。ヴィトーは二人の始末をルカ・ブラージに任せる。
ブラージは斧で、カポネの部下の一人を切り刻む。男の足首を切り離し、ついで膝を、最後に胴体に続いて太腿の部分を切り離した。それはコルレオーネ・ファミリーの残虐な凶暴性を示威した。
ヴィトーは、カポネに尊大なメッセージを送る。自己の経験から、政治的なコネと社会的な庇護を失ったカポネの組織は、砂上の楼閣に過ぎないと知っていた。戦術は大成功だった、カポネは危険な介入よりも、金の支払いをほのめかした友情を受け入れた。これ以上、介入しない旨のメッセージを返した。
勝負は対等となり、カポネをやり込めたことで、米国中の地下組織から非常な “尊敬” を得た。そうしてドンのたぐいまれな知性と組織力が、勝利をもたらせた。クレメンツァの陽気な凶暴さが、戦況を有利に展開した。そしていよいよテッシオがマランツァーノ個人を襲撃する。
賭博場を次々に手中に抑え、和平を求め使者を送るマランツァーノを拒否し、兵隊たちは戦意を喪失していた。ついにマランツァーノの幹部たちはボスを殺し屋の手に引き渡した。マランツァーノは全身、蜂の巣となり戦いは終わった。
そのころのソニーのことが記される。十六歳になって喧嘩に明け暮れる毎日で、ついに強盗の一味に加わる。ヴィトーは珍しく癇癪玉を破裂させる。ソニーは、ヴィトーがファヌッチを殺害したことを知っていた。弁護士になることを薦めたが、ソニーは「ファミリーの仕事をしたい」と言う。こうしてドンの護衛役となり、二代目になるための機微を習得した。
一方、米国の大都市はすべて地下組織間の抗争で大きく揺れ動いていた。ヴィトーは、ニューヨークの、ひいては全国の抗争中の党派に和平をもたらさなければならないと決心した。紆余曲折を経て、勢力の強い “ファミリー” 五つから六つが残った。
この時、敵対するアイルランド人の強盗団がヴィトーの胸めがけて銃弾を一発撃ち込んだ。これを契機にソニーは容赦のない残忍さを見せつけた。これはヴィトーにはない資質で、ソニー・コルレオーネは、暗黒街始まって以来の狡猾な、無慈悲きわまりない死刑執行人との評判が立った。
その後、ルカ・ブラージが残党を全てかたづけ、六大ファミリーの一つが介入してきたが、その首領をもブラージは殺害した。
ドン・コルレオーネは米国内の強大な地下組織のあいだに実際的な協定を締結させた。
この協定は、メンバーの権限を全面的に尊重し、勢力範囲に関する取り決めと地下組織間に平和実施に必要な条約が含まれていた。
大恐慌で失業が溢れ荒廃する中でも、コルレオーネ・ファミリーは確固たる基盤を築く。そして地下組織間の抗争に法の取り締まり強化や、民衆感情の激化をとらえ、ヴィトーはニューヨークシティのひいては全国の和平協議を開き安定化に尽力する。世界ではヒットラー台頭、スペインの崩壊、そして一九三九年に世界大戦が勃発し、一九四一年に米国が参戦しても、コルレオーネ・ファミリーの世界は平穏で、闇食料や闇物資を扱い戦争景気に沸いた。
ドンは、徴兵資格がありながら、異国人の戦争に巻き込まれることを嫌う若者を、自分の組織に雇い入れた。ヴィトーは自らの組織の有様に誇りを感じていた。ドンに忠誠を誓うかぎり、身の安全は保証されていた。一方、法と秩序を信じる人々が何百万と死んでいった。
ただ唯一の誤算は、自分の息子マイケル・コルレオーネが母国のために働きたいと言い張ったことだった。マイケルは自ら志願したのだった。
殺人者と結婚を約束したケイと、幸せな結婚のはずだった不幸なコニー
ニューハンプシャーに住むケイの父親と母親は旧いニューイングランドの北部人で、父親はバプチスト教会の牧師であり宗教界では学者として評判だった。その実家へ、ニューヨーク警察がマイケルについて情報収集に訪れる。ケイはマイケルが殺人者とは信じられない。
三日後、ケイ・アダムスはロングビーチのコルレオーネ家を訪れる。応対するトム・ハーゲンは充分な回答をくれず、マイケルへの手紙も受け取ってくれない。
そこにマイケルの母が偶然、入ってきた。ミセス・コルレオーネはケイにコーヒーと食べ物を薦め、ケイの手紙を預かり「マイキーのことは忘れなさい。あの子はもう、あなたにふさわしい人間じゃないんです」と言った。
ミセス・コルレオーネはイタリア女性らしい陽気さをもって描かれる。しかしマイケルの現実と、彼を思うケイの心情を痛いほどよく理解している女性なのだ。それはまるで明るさで悲しさを包み込むように。ケイは、自分が愛した若者が冷酷な殺人者なのだということが、彼の母親から告げられたことで分かった。
一方、コニーと結婚したカルロは、自分がファミリーの要職につけずに鬱々とした苛立ちを抱いていた。ドンは正当に評価してくれない。カルロは老いぼれが死んでしまうことを願っていた。ソニーはかっての友人であり、彼が首領となれば、運が向き要職につくと考えたのだ。
結婚して五ヵ月のコニーにも不満だった。太って腹がせり出し、「豚よりもたっぷりハムがある」と卑しむように言って満足した。偉大なドンの娘であっても、今はカルロの所有物だ。
コルレオーネ一家の人間であるコニーがかしずくことで、唯一、自分の力を意識した。結婚式で貰った金を、渡すまいとするコニーを目のまわりにあざができるほど殴りつけて取り上げ、何と一万五〇〇〇ドル近くの大金を競馬と商売女に注ぎ込んでしまった。
カルロはささいなことでコニーを殴った。それがコルレオーネ・ファミリーに冷遇されていることからくる不満を解消してくれるのだった。
暴力に耐えかねてロングビーチの実家に戻ったが、コニーの両親はむしろ面白がっていた。ヴィトーは「彼女はわしの娘だが、今では夫のものなのだ」、コニーに「家にもどり、たたかれずにすむにはどうしたらいいか、自分で考えなければならんね」と言った。
しかし、殴打の一件を聞いた時、ソニー・コルレオーネはすさまじい激怒を示した。
それは美しい日曜の朝だった。ルーシー・マンチニと一夜を過ごしたソニーは護衛と共にコニーの家を訪ねることにした。ドアを開けたコニーの顔は、ひどく腫れあがっていた。
何が起こったのかを察知したソニーは、カルロの仕事場へ向かう。タイヤの軋む音と同時に飛び出したソニーは、怒りに詰まった声で罵りながらカルロを拳で殴り始めた。ソニーが彼を見下ろしていった「この豚野郎、二度と妹を殴ってみろ、殺してやるぜ」車は轟音をたてて走り去った。
カルロの恐怖は治まりつつあったが、屈辱の念が胃をむかつかせ、吐き気が押し寄せてきた。
ドンの帰還と好転の兆しのなか、膠着状態となる五大ファミリーとの戦い
コルレオーネ・ファミリーと、敵対して結集した五大ファミリー間の一九四七年の戦は、双方の陣営にとって賭博や売春経営が損害を受け高価なものについた。
コルレオーネとタッタリアの両ファミリーの全面抗争のなか、トム・ハーゲンによって次第に事態が変わっていった。新聞は、マクルスキー警部とソッロッツォとを関係づけた記事を掲載した。
警部はとりわけ汚い金、殺人と麻薬の金を受け取っていたのである。警察の道義では、これは絶対に許しがたいことだった。
警察官は驚くほど単純に法と秩序を信じており、それが彼らにとって大切な個人的な権力を生み出してくれる打ち出の小槌でもある。しかし時に、政治家や判事は犬畜生にも劣る悪党に保留判決を与える。弁護士が悪党の釈放を勝ちとっていないと州知事や米国大統領自らが過分な恩赦を宣告するのだ。
やがて警官は学ぼうとする。どうしてこれらの悪党どもが支払おうとする謝礼を受け取ってはいけないのか?
法と秩序、あるいは法治主義への痛烈な批判である。ひとりひとりの純朴な警官が信じる公権力は、被保護者は恩知らずで、悪口雑言を浴びせ、要求がましい。政治家や判事、さらに州知事や米国大統領でさえ立場の利害で動かされ正当化されるのである。あのアメリゴ・ボナッセラの場合もそうだったではないか。政治家の息子ゆえ執行猶予で済んだのだ。当然、警官も「甘い汁を吸いたい」と思っても何の不思議もない。だから賭け屋や売春宿にお目こぼしをして賄賂を受け取る。こうして腐敗とカオスで充満する。だからこそ、総論として警察は、殺人と麻薬に汚れた金を絶対に許せないとお題目を唱える。
こうしてついに警察当局は態度を軟化させ、値段を吊り上げて各ファミリーの営業を許すことにした。こうして社会秩序らしきものが回復した。
二月の中頃、ドンは自宅に引き取られた。家は改造され、寝室は非常用の設備がすべて整った病室となった。特別にケネディ医師と身元の確かな看護婦が二十四時間体制で用意された。
フレディ・コルレオーネはファミリーが新たな計画のため豪華なカジノとホテルを組み合わせた適切な場所を探すためにラスベガスに送られる。ラスベガスは中立を保つ西海岸帝国で、この地域のドンは当地でのフレディの安全を保証した。
ドン・コルレオーネは多くはしゃべれなかったが、話を聞き、拒否権を行使することはできた。フレディのラスベガス行きを賛成し、ブルーノ・タッタリアが殺されたことに、ため息を漏らし、マイケルがソッロッツォとマクルスキー警部を殺害し、シシリーへの逃亡を余儀なくさせられたことに大きく失望した。
クレメンツァとテッシオには兵隊が充分に揃っている。「銃と銃の闘いならば、五大ファミリー全部を敵に回しても対抗できる」と、ソニーは考えていた。五大ファミリーの反撃もあり、ソニーは臨戦体制の指示を出した。
しかし数か月後に別の事態が明らかになってきた。コルネオーネ・ファミリーが肥満状態になっていることだった。
いくつかの理由があった。ドンの衰弱がひどく陣頭指揮がとれず、政治力の大半はないに等しかった。平穏な十年の年月は、クレメンツァとテッシオ両幹部の戦闘力をそいでしまっていた。
クレメンツァは依然として有能な死刑執行人であり管理者であったが、軍勢を率いるに必要な気力と力強さを欠いていた。テッシオは年と共に円熟味を増し、冷酷になりきれない。トム・ハーゲンは優秀な技量にもかかわらず、戦闘時の顧問役にはまったく向いていない。そして最大の弱点はシシリー人でないことだった。
ソニーはこの弱点を認識し、敵の心臓部を狙う直接攻撃を計画したが、敵側の首領は忽然と地下に潜り、二度と姿を見せなかった。 こうして五大ファミリーとコルレオーネ帝国との戦いは膠着状態に陥ったのである。
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