江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』あらすじ|節穴から覗く、完全犯罪。

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解説

完全犯罪を構成する背景やその方法が論理的、合理的に提示される。

江戸川乱歩の明智小五郎シリーズの倒叙ミステリーです。はじめに犯人や犯行過程を明らかにした上で、物語が展開されていきます。

当然ながらトリックの部分には無理のない論理性や合理性が求められます。そこでまず冒頭に郷田三郎なる人格の紹介に、一種の精神の病があったと前置きされます。

精気がなく、やる気もなく、職もつかず、遊びもしない。そして明智小五郎と出会い犯罪談を聞き、さまざまな犯罪物語に興味を持つ。さらに自身で犯罪の書籍を読み耽り、ついには、犯罪の真似事を始める。浅草に出没しておかしな行動をとったり、異様な扮装をして町を彷徨う。その犯罪嗜好癖を明智小五郎に認識されている。

次に屋根裏を歩く設定。下宿の天井が開き、棟木むねぎと天井板の安普請で電燈工事のため天井板が一枚開く部屋があり、三郎の部屋がたまたまそのひとつだったこと。さらに材木が不揃いでまれに節穴があり、虫の好かない遠藤の部屋の天井板にその節穴があったこと。

そして股引の紐を垂らして垂直を確かめ、その位置が流動的であること、そして偶然、数日後に真下に遠藤の大口があったことなどを論理的に並べている。

さらに遠藤の為人ひととなりで女の自慢話や近ごろの失恋による落胆での自殺未遂、自身が医学校卒業で 、莫児比涅モルヒネ という劇薬を入手しやすいことなども合理的な説明となっている。

三郎を殺人に仕向ける人間社会の虚実や虚無を、真上からの風景で語る。

同時に生きる意味に悩み、虚無的で犯罪嗜好癖のある郷田三郎を殺人に向かわせる社会や人間関係をシニカルに眺め描いている。そこは水平線の視点ではなく、屋根裏の真上から下を垂直に見る風景として、あるいは外側の世界ではなく、部屋の中の内側の世界の覗き見として描かれている。

人々の外の顔と内の顔、あるいは隣同士でも付き合いの顔と一人に戻ったときの本心の顔の違いを滑稽な、悲惨な、或いは物凄い光景として描写する。

そして、

MURDER CANNOT BE HID LONG,A MAN’S SON MAY,BUT AT THE LENGTH TRUTH WILL OUT

として、ヴェニスの商人の一節「殺人は決して隠すことはできない、最後に真実は現れる」を引用しながら、トリックを見破ることだけを楽しみとする明智小五郎を登場させ、僕の興味はただ『真実を知る』ことなんだといって完全犯罪の謎を解くと、郷田三郎のもとを立ち去っていく。

探偵(推理)小説として充分なトリックと謎解きを楽しませてくれると同時に、虚の社会や人間関係などの窮屈な世間を赤裸々に、大人の洒落た小説としても味わい深く読み応えあるものになっている。

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作品の背景

乱歩が実際に会社をさぼって社員寮の押し入れに隠れて寝ていた経験と、当時住んでいた大阪の守口町の自宅の屋根裏に侵入し徘徊した経験から着想を得た。「自分の家の天井裏を歩き回って、体験談を小説にした作家なんて、古今東西に例がないだろう」と評論された。

乱歩の代表作の短編集にこの作品は常に入っている。ただし英訳の短編集には、西洋の住居に屋根裏はないだろうとのことで加えられてないのも日本独特の探偵(推理)小説の題材としてユニークな証である。乱歩の文体には優雅さがあり、探偵小説なので海外のさまざまな探偵ものを紹介するが、同時にシェークスピア「ベニスの商人」の一節なども引用し読者を引き込んでいく。

発表時期

1925年(大正14年)、雑誌『新青年』8月増大号に掲載される。江戸川乱歩は当時30歳。乱歩の大阪府北河内郡守口町(現在の守口市)の自宅で執筆された。この自宅の屋根裏を徘徊したとのこと。また押し入れは就職していた鳥羽造船所電気部の社員寮とのこと。このころの乱歩はネタ切れで、随分苦しんだ末の作品だと述懐している。