解説
南無阿弥陀仏の暗号など、散りばめられたトリックが謎解きを刺激する。
この「二銭銅貨」は、日本で最初の探偵(推理)小説として絶賛された。
松村は自身をシャーロック・ホームズに真似て推理をする。それはイギリスの作家コナンドイルのDancing Menの百六十種の暗号の書き方で、Baconの発明したtwo letter暗号法の<a>と<b>の組み合わせで文字を綴る方法や、チャールズ一世の王朝時代に政治上の秘密文書に数字を用いる方法などが紹介されている。
江戸川乱歩はアメリカの作家エドガー・アラン・ポーに敬意をこめたペンネームである。アメリカ、更には遡ってイギリスに1830年代に警察制度が整い、犯罪記録をもとに書かれた犯罪小説から、後の近代推理小説が生まれた。
探偵小説マニアであった乱歩の処女作であると同時に、その題材にアメリカやイギリスへの敬意が表れている。
さらに日本で初めての推理小説に<南無阿弥陀仏>の六文字を、盲人の点字の配列に合わせ、その途中に講談本から真田幸村の旗印を引用するなどの展開は、純粋な日本発の推理小説の誕生として大きな功績である。
松村の謎解きをもう一度ひっくりかえす、結末の落ちと洒落た面白さ。
物語の構成の巧みさを整理すると、
松村と私、二人の知的青年はいつもどちらが頭が優れているかを、貧乏で暇な暮らしにまかせて、ことあるごとに比べているという前フリを読者に提示している。
そこに巧みな紳士泥坊が五万円をまんまと盗み、埃及煙草から足がつき捕まってしまうが、現金の在り処を明かさないという新聞記事での公開情報を共有させる。
そして二銭銅貨が松村の机に置いてあったことから推理は始まる。二銭銅貨は造り物で上下を開くと、中から紙片がでてくる。物語の最後に<乱歩は二銭銅貨のことは触れないこと>とあるが、それでも大きな文脈として偽物を置く玩具屋や、手品師などの表記からの何かのツテで入手できたと想像できる。
そして推理好きの脳を刺激する。二銭銅貨の中の紙に綴られた「南無阿弥陀仏」そして武将、真田幸村の六文銭の旗印から連想し盲人の点字の文字列に着地させ、さらに暗号として “南無阿弥陀仏” の文字の組み合わせで解いて見せている。ここはまさに日本発推理小説誕生の醍醐味である。
さらに松村の推理が加速するように、「私」は紳士泥坊の足がついた煙草から想起させるために、馴染みの煙草屋のつり銭として二銭銅貨を机に置き、これをトリックの入口として、その煙草屋の老夫婦には嫁いだ娘があり、嫁ぎ先が差入れ屋(刑務所に差入に物を運ぶことができる)としている。
さらに紳士泥坊の特徴として鼈甲眼鏡や口ひげなどの定番の変装道具に加えて、舶来の希少な埃及煙草という手掛かりと符合させている。
松村はこの五万円の所在を突き止めたことの喜びと、自身の知恵が「私」に対して優越することを誇り高く思うが、そのとき「私」がそんなロマンティックがこの世にあるものかと、この松村の謎解きと二人の貧窮暮らしの現実を自虐してみせる。
そして二度目の面白さとして、トリックを仕組んだ「私」の巧妙さが紹介される。そうして、やはり知恵者は松村よりも「私」であるということを読者に充分にアピールしながら小気味よい探偵(推理)小説としてまとめ上げている。
江戸川乱歩の処女作「二銭銅貨」、日本にも本格的な推理作家が誕生したと讃辞された。
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作品の背景
作品のタイトルは明治から昭和初期にかけて流通した二銭銅貨。この中に紙が入っていて南無阿弥陀仏の六文字がランダムな組み合わせで綴られている。この文字を暗号として解読することが作品の重要な要素となっている。さらに乱歩は按摩が好きで、暗号の配列を按摩の点字から着想を得ている。
執筆は失業中の乱歩がお金の妄想を抱きながらのもので、「私」の貧乏描写や「あの泥棒が羨ましい」というセリフは、実際に乱歩自身の当時の思いを反映していると言われる。雑誌『新青年』の編集長は日本にも外国作品に劣らぬ探偵(推理)小説が生まれたと絶賛した。
発表時期
1923年(大正12年)、雑誌『新青年』4月増大号に掲載される。江戸川乱歩は当時28歳。乱歩の処女作であり、日本最初の本格探偵小説ともいわれる。江戸川乱歩のペンネームは、エドガー・アラン・ポーに由来する。大正から昭和期にかけて推理小説を得意とした小説家・推理作家である。実際に探偵事務所勤務の経歴を持つ。また児童向け作品には、少年探偵団や怪人二十面相ものなど多くの作品がある。