だれがいちばん偉いかを決める裁判に呼ばれた一郎。わいわいがやがや自己主張ばかりのどんぐりたちに困り果てた山ねこ裁判長。一郎はたった1分半で解決します。 利己主義に満ちたこの世界で、自然を愛する一郎の説く解決方法とはどんな方法か、エゴな大衆への説法の仕方です。
登場人物
かねた一郎
十歳くらいの少年で、山猫の難しい裁判に呼ばれるが1分半でうまく解決する。
山猫
裁判官で、陣羽織に髭をぴんと伸ばし威厳があり人格者そうな態度をしている。
馬車別当
山猫の部下で、馬車の轡(手綱の先についている)を引く忠実な運転手。
いろんなどんぐり
だれがいちばん偉いかの裁判で、たくさんのどんぐりが自己主張をする。
一郎が出会う生きものたちや自然
山猫を探す時に出会う栗の木、笛吹きの滝、きのこ、りす、みな言葉を放つ。
あらすじ
おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。
かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほうで、けっこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。
とびどぐもたないでくなさい。
山ねこ 拝
裁判に呼ばれた一郎は、自然の生きものに山猫の居場所を尋ねます。
はがきの字は、ほとんどが平仮名で、間違いもあるし、下手な文章なのですが「明日、面倒な裁判があるので、お出でください」との内容に、一郎は大喜びで飛んだり跳ねたりしています。山猫のにゃあという顔やめんどうな裁判の様子などを想像すると遅くまで眠れませんでした。
一郎は目が覚めて出かけます。
回りの山々は、今出来たばかりみたいにうるうる盛り上がり、青空の下に並びます。一郎は谷川に沿った小道を上の方へ登って行きます。
どこに行けばよいのか分からない一郎は、自然の中で尋ねてみます。
風がざあっと吹くと、栗の木はばらばらと実を落としました。
一郎は栗の木に「やまねこが、ここを通らなかったかい」と聞きました。
栗の木は「やまねこは、馬車で東の方へ飛んで行きましたよ」と答えます。そうか「栗の木、ありがとう」と言うと、栗の木はまたばらばらと実を落としました。
少し行くと笛ふきの滝でした。同じように尋ねると「やまねこは、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ」と滝がぴーぴー答えました。そうか「笛ふき、ありがとう」と一郎は言います。
また少し行くとぶなの木の下の白いきのこが、どってこ、どってこ、どってこと、変な楽隊をやっていました。同じように尋ねると「やまねこなら、けさ早く、馬車で南の方へ飛んで行きましたよ」と答えます。そうか「きのこ、ありがとう」
また少し行くとくるみの木の梢を栗鼠がぴょんと飛んでいました。同じように尋ねると「やまねこなら、けさまだ暗いうちに、馬車で南の方へ飛んで行きましたよ」と言い、そうか「りす、ありがとう」と一郎は言います。
萱の木の森の方へ行くと小さい道がありました。急な坂を上ると金色の草地になり、その真ん中に背の低い男が、膝を曲げて手に革鞭をもって、黙ってこちらを見ています。その男は片目で、半纏のようなものを着て、足が曲がって山羊のよう、足先はへらみたいでした。
黄金いろの草地で、ハガキをくれた男と判事の山猫が現れます。
「あなたは山猫をしりませんか」と一郎が聞くと、「山猫さまは、すぐにここに戻ってお出やるよ。おまえは一郎さんだな」とその男は言います。
その男は山猫を知っていました。その男がハガキを出した男だったのです。
「あの文章はずいぶん下手だべ」と男は下を向くと、一郎は気の毒で「なかなか、文章がうまいようでしたよ」と言います。「あの字もなかなかうまいか」と聞くと、一郎は「うまいですね」と言います。
一郎は「あなたはだれですか」と尋ねると、「山ねこさまの馬車別当(馬をひく者)」と言いました。
風がどうと吹いてきて、草は一面に波立ち、別当は丁寧におじぎをしました。
そこには山猫が黄色い陣羽織を着て、緑色の眼をまん円にして立っています。
山猫は髭をぴんと張って腹を突き出して言いました。「こんにちは、よくいらっしゃいました。実は一昨日から面倒な争いが起こって、裁判に困りましたので、あなたのお考えを伺いたいと思ったのです。じき、どんぐりどもが参りましょう。」
そう言って煙草を一本くわえ「いかがですか」と一郎に出しました。一郎はびっくりして「いいえ」と言うと、山猫はおおように笑って「ふふん、まだお若いから」と言いました。
誰が一番偉いか決める裁判で、どんぐりたちの各々の自慢話が延々と続く。
足元ではあちこちに三百以上の金色の円いものが、ぴかぴか光り、よく見ると赤いズボンをはいた、どんぐりでした。わあわあわあわあ、みんな何か云っています。
馬車別当は、鎌で草を四方に刈ると、草の中からどんぐりどもが飛び出してきました。
鈴をがらんがらんがらんと振りました。山ねこは黒い長い繻子の服を着て、勿体らしくどんぐりどもの前に座りました。別当が革鞭を二、三べん、ひゅうぱち、ひゅう、ぱちと鳴らしました。
「裁判も、もう今日で三日目だぞ、いい加減に仲直りしたらどうだ」と、山ねこが心配そうに、それでも威張って言うと、どんぐりどもは口々に叫びます。
「いえいえ、だめです、なんといったって頭のとがっているのがいちばん偉いです。そして、私がいちばん、とがっています。」「いえ、まるいのが偉いです。いちばんまるいのは私です。」「大きいことだよ。大きいのがいちばん偉いです。わたしがいちばん大きいから、私が偉いんだよ。」「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ」「いや押しっこのえらいひとだよ」がやがやと自分の主張ばかりで、蜂の巣をつついたようでわけがわからなくなりました。
山猫が一郎にそっと言いました「このとおりです。どうしたらよいでしょう。」
いちばんダメなどんぐりが、いちばん偉いんだよと申し渡しましょう!
一郎は笑って答えました。
「そんならこう言ったら良いでしょう。このなかで、いちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばん偉いとね。ぼくはお説教で聞いたんです」と。
山猫はなるほどとうなずいて気取って、襟を開いて、陣羽織をちょっと出して申し渡しました。
「よろしい。静かにしろ。申し渡しだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくって、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ」
するとどんぐりは、しいんとして堅まってしまいました。
どうもありがとうございました。これほどの裁判を一分半で片付けてくださいました。
これからも裁判所の名誉判事になってください。そのたびに礼は致しますからと山ねこは云います。
御礼にもらった黄金のどんぐりは、あたりまえの茶色に変わっていました。
「承知いたしました。お礼なんかいりませんよ」と云うと、山ねこは私の人格にかかわるから「いいえ受け取ってください」と言います。
そして裁判所名で「かねた一郎どの」と書きますがよろしいですかと訊ね、さらに、はがきの文句は「用事これありに付き、明日出頭すべし」と書いてどうでしょうと言われ、一郎は笑って「なんだか、変ですね、その文句はやめましょう」と云うと、「では文句は、いままでの通りにしましょう」と云いました。
そして今日のお礼に黄金のどんぐり一升または塩鮭のあたまのどちらかを薦めます。一郎は黄金のどんぐりと答え、「さぁ、おうちへお送りいたしましょう」と山ねこが言い、二人は馬車に乗り別当は黄金のどんぐりを馬車に入れました。
馬車がどんどん進むにしたがって、金色のどんぐりは茶色に変わっていました。
山ねこの黄色の陣羽織も、別当も、きのこの馬車も見えなくなって、一郎は自分のうちの前にどんぐりをいれた升を持って立っていました。
山ねこ拝というはがきは、もう来ませんでした。やっぱり出頭すべしと書いてもいいと言えばよかったなぁ、一郎はときどき思うのでした。