中上健次『枯木灘』あらすじ|路地と血族がもたらす、激しい愛憎と熱狂。

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『岬』に続く『枯木灘』。私生児として生を受けた苦しみのなか、実母フサとついに姿を現した実父「浜村龍造」。両親の愛情への飢えと、実父への激しい憎悪。自然と一体となる土方仕事のなか、秋幸の血は土地と共に熱狂する。そして龍造への復讐は、予期せぬ出来事へと展開する。

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登場人物

竹原秋幸
主人公で二十六歳。母フサとその男「浜村龍造」との間に私生児として産まれる。フサの再婚で義父の竹原籍となる。現在は義父繁蔵の跡を継いだ異父兄の文昭が営む土方請負業で人夫頭をする。体が人一倍大きく腕力も強く龍造に似ている。秋幸は自然と共に在る土方作業に一心に従事しながら、郁男を殺したのは自分だと考え、「浜村龍造」を憎み、自分は何処からやって来て、何故ここにいるのかと葛藤する。

竹原フサ
秋幸の実母。古座川の河口の西向に生まれ新宮に奉公に出る。フサにより母系のたくさんの子供たちが産まれることになる。前夫の西村勝一郎との間に、長男の郁男、長女の芳子、次女の美恵、三女の君子をもうけ、浜村龍造との間に私生児として秋幸をもうけ、五人の子供たちが母系で繋がる。

竹原繁蔵
六人兄弟の次男でフサの再婚相手で秋幸にとっては義父となる。亡くなった実兄の仁一郎の妾腹の子である徹を組で働かせ、 実弟の文造の養子である洋一を預かっている。土方請負業の親方だったが、現在は息子の文昭に代を継いでいる。

文昭
繁蔵の連れ子で二十九歳。繁蔵がフサと再婚したことで、秋幸とは義理の兄弟となる。繁蔵のつくった土方の組を任され順調に経営している。文昭の母親は、繁蔵が兵隊に招集され満州に引っ張られた時に、旅役者と行方をくらませた。その後、繁蔵の姉のユキが文昭の世話をする。

郁男
フサの息子で長男、前夫の西村勝一郎との間に生まれる。秋幸の種違いの異父兄になる。フサと秋幸を殺そうと刃物を持って繁蔵の家に幾度も訪れたが殺すことはできずに、二十四歳の三月三日に路地の家の柿の木に首を吊って自殺した。

芳子
フサの娘で長女、前夫の西村勝一郎との間に生まれる。秋幸の種違いの異父姉になる。男まさりで、十五歳で名古屋の紡績工場に奉公に、その工場の跡取り息子に見染められて結婚し二人の子供がいる。

美恵
フサの娘で次女、前夫の西村勝一郎との間に生まれる。秋幸の種違いの異父姉になる。フサが繁蔵と再婚し家を出た後、郁男と二人で路地の家で夫婦のような生活を送る。その後、十七歳の時に実弘と駆け落ちする。繊細な神経の持ち主で体が弱い。幼い頃、肋膜を患いかろうじて助かる。実弘の兄の古市を実弘の妹光子の夫の安男が刺殺し、心労と過労で精神を病み、自殺未遂を行ったこともある。

君子
フサの娘で三女、前夫の西村勝一郎との間に生まれる。秋幸の種違いの異父姉になる。秋幸より六つ年上で、十七歳の時に大阪の西成でバーをやっている従姉に子守を頼まれて出て行く。

実弘
フサの娘である美恵の夫で、土方請負業の親方。美恵との間に生まれた娘の美智子は、五郎と恋仲になり腹に子を身籠っている。美智子と五郎は盆には祝言を予定している。

美智子
実弘と美恵の娘。十六歳の高校生だが十九歳の吾郎と大阪へ駆け落ちし、妊娠して里帰りしている。秋幸にとっては種違いの異父姉の美恵の娘になる。

五郎
美智子の恋人で十九才。車好きの不良で美智子を孕ませている。改心して秋幸の土方の組でまじめに働こうとするが、龍造の息子 秀雄と喧嘩になり不良グループに車を壊され、半殺しの目にあい頭を縫うほどの重傷を負う。

ユキ
秋幸の義父である繁蔵の実姉で癇癪持ち。いつも首筋まで白粉を塗り紅を引いている。家族を養うために十五歳で伊勢の遊郭に売られた過去があり、その恩に誰もが一目、置いている。その後、結婚するが夫に先立たれ、自分一人が不幸だと思っている。現在は一人暮らしで、頭のなかは昔のことと人の噂話しか入っておらず、事実を歪めた話を家々にして廻る。


繁蔵の兄の仁一郎の妾腹の子、秋幸の一つ下で従弟にあたり、同じ土方の仲間でいつも連れ立っている。子供の頃から秋幸と遊び仲間だった。仁一郎は昨年の秋、肝臓癌で亡くなり、今年が初盆となる。

洋一
繁蔵の弟 文造の里子で五歳の男の子。養護施設からひきとられる。現在は繁蔵の家にいて、文造が盆に迎えるくる約束で預けられている。秋幸を慕っていつも付いて廻っている。秋幸とは二十一離れた義理の従弟にあたり、秋幸は洋一に自分の幼い頃の境遇を重ねている。

紀子
秋幸の恋人で二十歳。材木屋の娘で色白で小柄。秋幸とは結婚の約束をしている。秋幸には問題はないが、龍造のことが嫌で、親からは結婚を反対されている。紀子はそのことに意を介さず、駆け落ちも辞さない考え。秋幸の子供を身籠り、秋幸の母フサにだけ打ち明けている。

浜村龍造
秋幸の実父で出自が謎の大男。『岬』では “あの男”、『枯木灘』では “その男”と秋幸に意識される。フサが秋幸を身籠ったときは、博奕の喧嘩で豚箱にいた。火つけや殺人の噂まであり、現在は山林を騙しとり浜村木材として裕福に暮らす。自らは織田信長の軍に破れた浜村孫一の子孫とうそぶくが、人はどこの馬の骨やら分からぬといい、秋幸は「蠅の王」と軽蔑して呼ぶ。

秀雄
龍造と本妻のヨシエとの間に生まれた次男で十九歳。秋幸にとっては腹違いの弟になる。不良グループのリーダーで品行が悪く、喧嘩で五郎に大怪我を負わせ、この因縁もあり秋幸との間に予期せぬ出来事が起こる。

さと子
龍造が愛人である娼婦のキノエに産ませた子。秋幸とは腹違いの妹にあたる。秋幸は自身の出自の葛藤のなか龍造へ復讐をしようと、さと子と性的な関係を持ってしまう。デビュー作『岬』では、「久美」として登場している。

あらすじ

フサの腹と龍造の種と、二人に繋がる血族の諍い。

紀州・新宮の「路地」の閉ざされた土地を舞台に、私生児の秋幸が、実父への愛おしさと憎しみの愛憎交える中、自らの血統を恨み復讐を謀りながらも、自身の存在の意味を探し求める物語である。

前作『岬』で “あの男” と呼ばれた男は、『枯木灘』では 蠅の王「浜村龍造」として名を表し、出自の謎と悪事を重ねた半生が綴られ、龍造に投影される秋幸の姿が浮き上がる。

複雑な血縁・地縁関係にある登場人物は、もとはこの「路地」によそ者として古座から奉公に訪れたフサの腹から産まれた母系の人間関係で、フサの半生は秋幸三部作に遡る『鳳仙花』に詳しい。

『枯木灘』では 「浜村龍造」は有馬の地に現れ、浜村孫一の子孫として歴史をも捏造する。龍造の種から産まれた父系の血族と、フサの腹から産まれた母系の血族と、それぞれの配偶者や子供たち、そして不毛の枯木灘から古座・本宮・新宮、有馬そして熊野と熊野灘に及び、イザナミノミコトの日本の原初の神話に抱かれた場所で生きる人々、それぞれの物語となって交錯する。

秋幸を軸に人間関係を整理すると、母親のフサは三人の男と関係を結んでおり、フサの腹から産まれた子供たちは、亡くなった前夫である西村勝一郎との間に長兄(異父兄)の郁男、長女の芳子(異父姉)、次姉の美恵(異父姉)、三姉の君子(異父姉)の四人がいる。

浜村龍造は三人の女を孕ませ、龍造の種として産まれた子供たちは本妻であるヨシエとの間に、長女のとみ子、長男の友一、次男の秀雄の三人。愛人のキノエとの間に、さと子と、全部で四人がいる。

そしてフサは亡くなった前夫の勝一郎と再婚した 竹原繁蔵と出会う前に、龍造と恋仲になり私生児である秋幸を産んでいる。

秋幸は八歳のとき連れ子として竹原に入籍しており、『枯木灘』では二十六歳となっている。

自然と肉体が一体となる土方仕事を貴いものとし、肉体を酷使することで、自然と共に在ることができ、束の間、複雑な人間関係から逃れることができる。

秋幸の異父姉にあたる美恵の娘で、十六歳になる美智子は、美恵の若い頃と同じように十九歳の五郎と駆け落ちをして、すでに美智子の腹には五郎の子を身籠っている。

その五郎は、龍造と本妻のヨシエとの間に産まれた次男の秀雄らの不良グループとの喧嘩で袋叩きの半殺しにあい、車を壊され、頭を割られ七針も縫うほど痛めつけられる。美恵の夫の実弘は、秀雄の親である龍造とけじめをつけようとする。

このことで美智子が秀雄の腹違いの兄にあたる秋幸をなじる。秋幸は巻き込まれることを鬱陶しく思いながらも、神経が研ぎ澄まされ龍造への報復の思いが加速していく。

秋幸には繁蔵の兄で昨年亡くなった仁一郎の妾腹で、従弟にあたる徹という土方仲間がいる。ある日、秋幸は、徹が “白痴の子” を強姦した場面に出くわしてしまう。噂好きの繁蔵の姉のユキが大袈裟に家々に噂話を広げることを怖れ、秋幸は徹をかばう。

そんな中で、秋幸は文造の里子の五歳になる洋一を可愛がりながら、幼い洋一の姿に昔の自分を重ね合わせる。

狭い土地に流れる人の噂の煩わしさ。秋幸の唯一の心の安らぎは恋人の紀子だが、その親からは秋幸の実父が浜村龍造であることで結婚を反対されている。秋幸を思う紀子はそんな親に反抗し、秋幸の子を宿す。そして事件は起こった。

何もかもがやるせないなかで、土地の熱狂が起こした出来事。

いつも誰かに何処かから覗かれている。そんな気がする。それは噂となってたちまち「路地」の家々に広がっていく。

それは母フサと父龍造のふたつの過去からの噂であり、また秋幸の現在の噂である。出来事の元である「浜村龍造」という男と、この「路地」の熱狂、血統の呪縛のなかに秋幸はいて、なぜ生まれて来たのかと、いつもその生を問われているようだ。

何もかもが鬱陶うっとうしく、耐えられず、やるせない気持である。

龍造は自身の出自を一向一揆の武将・浜村孫一の子孫として捏造する。人を騙し火をつけて山林を奪い取る。この胡散臭い、どこの馬の骨とも分からぬ流れ者のごろつきの蠅の王が、浜村孫一の慰霊碑を建て、自身を偉大なる歴史の系譜のなかに置こうとしている。

土地の人々は龍造を悪く噂するが、この男は噂など気にはしない。この男はいつも遠くから「路地」を見ている。「路地」を消そうとしている。そして、いつも「秋幸」を視ている。

秋幸と性的な関係を持ったさと子は、秋幸が腹違いの兄であることを知り、「兄ちゃん、きょうだい心中でもしようか」と言う。それはこの土地に伝わる兄弟の許されぬ恋の哀歌だった。

秋幸はさと子と性的な関係を持ったことを龍造に告げる。このことで龍造が深い悔恨とうめきのなかに沈むと考えた。しかし龍造の全く意に介さない態度に驚く。秋幸は呪縛から逃れようとして、龍造ではなく自分こそが浜村孫一の子孫だと思うことで龍造の物語を収奪しようとする。

そのことこそが龍造と自分との差別化であると考え、秋幸は龍造ではなくて、自分こそが孫一との連続性のなかにいると幻想する。

美智子と五郎の祝言に親同士や兄弟姉妹の夫婦やその子供たち、そして路地の人々も集まってくる。愛でたいひととき、賑わいのなか、昔の話と今の話に花が咲く。

盆がやってくる。仁一郎の初盆の竹原家では灯籠をのせた精霊舟を流し、初盆でない西村家では故人の勝一郎や郁男に、川や海のそばで仏壇の供物を置き線香を立てる。

日は、海から昇り、山に沈む。竹原一族は枯木灘海岸から中辺路を通り本宮に出て、そして代を経て本宮から川伝いにこの土地に出て、そして精霊舟はいま海に還る。

秋幸は、自分は路地が孕み、路地が産んだ、路地の私生児である。父も母も、きょうだいも一切いない。そう考えた。

川原にあの男もいた。龍造と本妻のヨシエとその子供たち。孫一の話を自慢げに振舞う龍造に、秋幸はその嘘をなじった。不毛な枯木灘から、生きる土地を求め辿り着いた人々の住む場所をこの男はつけ火で焼き払おうとした。

秋幸は路地に対する愛しさが胸いっぱいに広がった。秋幸が龍造に憎悪を向けたときに、不意に息子の秀雄が石で秋幸に殴りかかる。秋幸は秀雄を払い、逆に石で殴打して殺してしまう。秋幸は自首し刑務所に服役する。その刑期は三年だった。

秀雄を殺した秋幸は、あたかもフサと自分を殺しに来た郁男の蘇りであり、また美恵と別れてひとり孤独に首を吊った郁男のことを、秋幸は自分のなかにある美恵への思い、そして腹違いの妹であるさと子への思いと同じであると感じる。

澱み沸き立つ血統が複雑な人間関係のなかで起こす、殺人や自殺、精神の錯乱や近親相姦。新宮の路地では盆踊り歌の「哀れなるかよ、きょうだい心中」の唄と踊りが続いている。

あれほど仲の良かった徹も、秋幸が “白痴の子” に悪戯をしたと、ユキが嘘の噂を立てていることをいいことに、悪戯を秋幸のせいにして距離を置き始める。

山へ登っていく徹は、振り返り、追って来た白痴の子に手招きする。

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