正宗白鳥『塵埃』解説|此処ではない何処かを探す、不確かな自己。

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作品の背景

作品のなかの「予」とは正宗白鳥であり、その若き日の塵労生活を描いたリアリズムな作品である。それは内的自我と当時の世相が重なる風景である。『塵埃じんあい』は、平凡人の味気ない日常と塵労生活を描く。正宗白鳥は読売新聞社に入社して6年間、勤務している。

『塵埃』はそのときの白鳥の目に映った風景であり、内なる自我の叫びでもある。解説者である千石英世は、塵埃を「この世」に本気になれない倦怠の利己主義を描いているとする。

塵埃じんあい」とは、ちり・・ほこり・・・のこと。新聞社は日ごと、政治、経済、社会、文化などの情報を取材し編集し発行していく。たくさんの情報が溢れ、古い日付の新聞紙もあるだろう。光が差し込めば塵や埃が舞う。

誤字を見つけ正しい文字にするのが校正係だ。主人公の心象は、日々の情報はちり・・ほこり・・・のようで、無意味のものに映っている。年をとっていく人々は、諦観のなか生活の為、生きていく。若者はニヒリズムに陥って、行方が定まらぬ人生に苦悩している。

正宗白鳥『何処へ』解説|ニヒリズムに酔う、寄る辺なき我が身。
求道的ゆえに絶対の真理を模索しながらも、不確かな現実に懐疑的な態度で生きるニヒリズムを描く政宗白鳥の『何処へ』。細やかな人物と情景のリアリズムのなかで、百年前の明治と令和に生きる人々の情動を比べ、自我に煩悶する日本人の姿を訪ねる。

発表時期

1907(明治40)年、2月『趣味』に発表。第一創作集『紅塵』に収録され、好評を得て新進作家として嘱目された。正宗白鳥は当時28歳。岡山県に生まれ、16歳で内村鑑三の著作を耽読、上京後、植村正久から洗礼を受けキリスト教徒となる。22歳でキリスト教を離れる。最晩年には、死の床で再びキリスト教に帰依。1903(明治36)年に読売新聞に入社、翌年、25歳で処女作「寂寞」を発表。1907年に読売を退社し作家活動に入る。

政宗白鳥は1879(明治12)年から1962(昭和37)年と、明治、大正、昭和を生きている。虚無的人生観を客観的に描いた。講談社文芸文庫の『何処へ|入江のほとり』は白鳥28歳の作である「塵埃」から82歳の作である「リー兄さん」まで半世紀の間の作品を8篇、収録。晩年の1950(昭和25)年には文化勲章も受賞している。