ジョージ・オーウェル『一九八四年』あらすじ|自由な思考が剥奪される、全体主義の監視社会。

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解説

一九八四年は、三つの全体主義の国家に分割される。

ディストピア小説として世界的に名高い『一九八四年』は、ジョージ・オーウェルによる近未来の国家の姿が描かれる。世界は、オセアニア、ユーラシア、イースタシアの三つの国に分割され、一部に紛争の絶えない緩衝地帯がある。

物語の舞台はオセアニア国である。そのイデオロギーは、イギリス社会主義から変質したイングソニックという思想が中核をなす全体主義国家で、その構造の象徴としてアイコンの<ビッグ・ブラザー>があり、その実践のためにニュースピークという新たな単語と文法を成立させる。従来の言葉(オールドスピーク)を全面的に改訂して、思考を党の思想への忠実のみに集約させる。

平和の維持には常に敵の設定が重要であり、外に向けては他の二つの国と永久に戦争状態にあり、内に向けては国民を管理下におく監視社会を厳重に実践する。それは戦争による物資と人間の消耗で、社会を貧困の状態にしておくことが階級社会を維持する上において必要との考えに基づく。

政府の機能としては、真理省、平和省、豊富省、愛情省の四つの省で構成され、真理省での改竄、平和省での戦争、豊富省での配給・統制、愛情省での拷問・処刑を担当する。省名も二重思考で表され黒を白、白を黒と相反する思考を成立させながら党の思想に収斂させる。

階級は、党中枢の上級官僚(人口の二%)、各省に従事する党外郭、最下層のプロール(人口の八十五%)の三階層で、概ね三つの国は同じである。党中枢が頭脳なら党外郭は手足である。党への絶対服従・忠誠を徹底させるために反乱分子を造成し、発見して、粛清する。

党への叛乱は党外郭が起こすものと考えられ、そこには生活の内部では各部屋に双方向のテレスクリーンが設置されており常に監視され、外部では街のいたるところに<ビッグ・ブラザー>のポスターが貼られ、その目は左右に動き人々を睥睨する。

そして<二分間憎悪>の時間で、反地下組織の指導者とされるエマニュエル・ゴールドスタインの顔を見せ、そこを目がけて全員が罵声を浴びせ熱狂する時間を設けて、戦争の映像も交え昂揚させ、そして<ビッグ・ブラザー>の顔に同化させ、その忠誠を意識下に刷り込ませるプログラムとなっている。

最下層のプロールについては彼らは叛乱の意思を持ち得ず、仮に持ったとしても有効な手立てが見いだせない階層として自由に放置されている。

<ビッグ・ブラザー>に対する<ブラザー同盟>。さらにオブライエンが<党中枢>でありながら、ゴールドウィンの理念書を共同執筆する設定は二重思考そのものである。

そう考えれば<ブラザー同盟>は反乱分子をあぶりだす架空の運動体であり実体はなく、同様に実体のない<ビッグ・ブラザー>とメタフィジカルな次元で二重思考となっている。

細部に宿る全体主義国家の姿を細胞のように網羅し、構造化した近未来のディストピア小説といえる。

人間の精神を破壊する、全体主義国家の構造。

一九八四年の世界の勢力図

一九五〇年代の第三次世界大戦後の世界を舞台としている。三つの大国に区分されるが、概ね同じイデオロギーの一党独裁の全体主義国家を形成している。

■オセアニア

アメリカ合衆国が大英帝国を併合しており、南北アメリカ、イギリス諸島を含む大西洋の島々、オーストラリア、アフリカ南部からなる。

■ユーラシア

ロシアがヨーロッパを併合してなり、ヨーロッパ大陸及びアジア大陸の北部全土、即ちポルトガルからベーリング海峡までの地域を指す。

■イースタシア

十年に亘って争いを経て出現した。二大国よりも小さく、西の国境線は曖昧で、中国とその南に位置する国々、日本列島、広大ながら国境が変化する満州、モンゴル、チベットから成り立つ。

ビッグ・ブラザーとイデオロギー

■ビッグ・ブラザー

オセアニア国では、ピラミッドの頂点には<ビッグ・ブラザー>がくる。

<ビッグ・ブラザー>は絶対に誤りを犯さず全能である。あらゆる成功、業績、勝利、科学的発見、知識、叡智、幸福、美徳は、彼の統率力とインスピレーションから直接引き出される。

誰もビッグ・ブラザーを見たことはない。広告板に顔が貼りだされ、テレスクリーンから声が聞こえてくるだけである。

ウィンストンは<ビッグ・ブラザー>という名を耳にしたのは六十年代だろうと考えている。もちろん歴史の改竄により、党史には<ビッグ・ブラザー>は革命の指導者・守護者として、最初期から登場したことになっている。

■イングソック

イングソック(Ingsoc)は、イギリス社会主義(English Socialism)のイデオロギー上の進化を目指し考案された綱領。オセアニアで主流となっている哲学。オセアニアの公用語であるニュースピークによって表される。

ニュースピークは<イングソック>であり、<イングソック>がニュースピークとなる。

一九六〇年より前に<イングソック>という言葉を耳にしたことはなかった。<オールドスピーク>の言い回しである “イギリス社会主義” はもっと早くから流通していたと思われるが、これが変容したものと思われる。

ユーラシアではネオ・ボルシェヴィズムと呼ばれる。イースタシアでは「死の崇拝」と訳されるが「自己の抑制」という訳語のほうが良い。この三つの哲学はほとんど区別がない。それらが支持する社会システムも見分けがつかない。

■ニュースピーク

イデオロギー上の要請に応えるために考案されたもの。ニュースピークの目的は、イングソック(Ingsoc)の信奉者の世界観や心的習慣を表現するためばかりでなく、イングソック以外の思考様式を不可能にする目的もある。

2050年ごろまでには、言葉の用途を限定し思考を奪い、指導体制に従順な単語や文法の完成を目指す。標準語が忘れ去られて、異端の思考が思考不能になると考えられている。

例えば「自由な/免れた」を意味するfreeは、「犬はシラミから自由である/免れている」という言い方は使うことが出来るが、「政治的に自由な」や「知的に自由な」という意味で使うことはできなくなる。なぜなら政治的自由、知的自由というものは、概念として存在せず、名称として無くなっている。語彙の削減自体が目的である。

ニュースピークは思考の範囲を拡大するのではなく、狭めるために考案された。

最終的には<思考犯罪>を不可能にする。言語が完璧になったときが<革命>の完成となる。

■二重思考(ダブルシンク)

二重思考とは、ふたつの相矛盾する信念を心に同時に抱き、その両方を受け入れる能力をいう。

過去を支配する者は未来まで支配する。現在を支配する者は過去まで支配する。

例えば、論理に反する論理を用いるー道徳性を否定しながら、自分には道徳性があると主張することー民主主義は存在し得ないと信じつつ、党は民主主義の守護者であると信ずるー忘れなければならないことを何であれ忘れ、そのうえで必要になればそれを記憶に引き戻し、そしてまた直ちに忘れること。

二重思考はイングソックのまさに核心である。意識的な欺瞞を働きながら、完全な誠実さを伴なう目的意識の強固さを保持すること。故意に嘘をつきながら、しかしその嘘を心から信じていること。物語の中のオブライエンの言動も二重思考の典型であろう。

党の三つのスローガンー戦争は平和なり/自由は隷従なり/無知は力なりーは、まさに二重思考をもって理解される。

人民の階層

■最上位―<党中枢>

ビッグ・ブラザーの下にあり党員の数は六百万人、オセアニアの総人口の二パーセント以下。国家の頭脳としての役割を果たす。

■中間層―<党外郭>

党外郭は、党中枢の下に位置し、党員の多数を占める。党中枢が国家の頭脳だとすれば、党外郭は手足として働く。

■最下層―プロール

党外郭の下をプロールと呼ぶ、人口の八十五パーセント。半分の識字率で、極貧の中で生涯を終える。党のグループに入るためには、十六歳で試験を受ける。人種差別も出身差別もない。

プロレタリアから党に入ることはできない。プロールは知性が全く無いので、自由が与えられる。一方、党メンバーは、些細極まりない僅かな見解の歪みも、見過ごされない。

党のメンバーは生まれてから死ぬまで思考警察の監視下で生きていき、全てが疑い深く吟味される。党のメンバーは正しい意見ではなく、正しい本能を有することが要請される。

オセアニア政府の組織

ロンドン市内に四つの省があり、巨大なピラミッド型の建築で白いコンクリートを煌かせ、上空三百メートルの高さをまでテラスを重ねそびえ立っている。

■真理省(The Ministry of Truth)

報道、娯楽、教育及び芸術を担当する。ニュースピークでは Minitrueと呼ばれる。オセアニアの市民に新聞、映画、教科書、テレスクリーン番組、劇、小説を提供し、プロレタリアートには下等なスポーツと犯罪と星占いのくず新聞、煽情的な安っぽい立ち読み小説、セックス描写だらけの映画、韻文作成機という機械的な方法で作られたセンチメンタルな歌が生み出されている。

■平和省(The Ministry of Peace)

軍を統括する。ニュースピークでは Minipaxと呼ばれる。一九八四年の世界はイギリスを中心とするオセアニアとユーラシア、イースタシアの三国に分割されている。オセアニアの平和のために半永久的に戦争を遂行し継続している。

■愛情省(The Ministry of Love)

法と秩序の維持を担当。ニュースピークでは Miniluvと呼ばれる。党への愛以外は認めず、党の脅威になりそうな人物を片っ端から拷問し洗脳し殺していく。思想や良心の自由を破壊する。恐怖を与える建物で、一切窓がなく有刺鉄線やマシンガンの列が張り巡らされ粗暴な顔をした歩哨が棍棒を手に歩き回っている。

■潤沢省(The Ministry of Plenty)

経済問題を担当。ニュースピークでは Miniplentyと呼ばれる。生産性の向上を目的とする省。物資の欠乏を如何に潤沢だと錯覚させるため配給と統制を行い、全種類の消費財の生産高に対する報告をテレスクリーンを通して行う。「われらの幸福な新生活」という言葉をよく使用する。

ジョージ・オーウェル『動物農場』あらすじ|個人独裁の誕生までを、おとぎ話で表現。
全体主義を風刺しおとぎ話で描いたオーウェルの『動物農場』。その内容はスターリン主義を寓話にした。社会主義を歪曲し個人独裁の恐怖政治に辿り着くまでのあらすじと解説を加えながら、我々はいつどのようにして暴走を食い止めるべきかを考えていきます。