映画『タクシードライバー』|眠れぬ狂気が、悪の浄化に覚醒する。

男はベトナム戦争の帰還兵で、精神を病みひどい不眠症に悩まされる。退廃するニューヨーク、男の孤独と焦燥は、吐き気のする嫌悪にかわり、悪を洗い流す浄化への妄想はやがて現実になっていく。ロバート・デニーロ演じるトラヴィスの狂気が覚醒する。

解説

都市の醜い腐敗臭と男の孤独、それはやがて狂気へと覚醒する。

トラヴィスは、タクシー会社を志望する。彼は、ベトナム戦争で精神を病み、極度の不眠症を患っており、また社交性にも欠けるのでタクシードライバーの夜勤の仕事は都合がよかった。

夜のマンハッタンを流し、客を拾う。目を覆うばかりの悪にあふれ、薬物と性欲に溺れる得体の知れない人々が棲息せいそくする。

不名誉ながら、当時は犯罪都市ニューヨークと言われていた。南北に走るブロードウェイ、タイムズスクエア近辺では、ドラッグ、売春、ゴロツキ、ゲイとポルノショップなどが立ち並ぶ。

マンハッタンは南北に僅か24キロ。不眠に襲われるトラヴィスの視界には反吐がでるほどの汚れた街の光景です。ただ客を乗せ、指示された場所へ送り届けるタクシードライバー。視界に入る毒に侵される退廃の風景のなかに、トラヴィスは声なき孤独な叫びを、心の中で静めているようです。

眠らない街、ニューヨーク。まさに多民族、多言語が集う人種のるつぼ。ここに不眠症で精神を病む男がタクシーを運転しながらこの光景を見る。いつ、何かが、暴発してもおかしくない緊張感とともに、「都市の孤独」という主題が、いかに人間を変えていくかをあらすじを追いながら解説します。

やがてトラヴィスは、選挙キャンペーンスタッフの美しいベツィーに好意を寄せ、デートに誘います。掃きだめのようなこの街で唯一、ベツィーを天使のように感じ魅かれていきます。

やっとの思いでデートに誘いますが、トラヴィスの日ごろの趣味であるポルノ映画に誘ってしまい、当然ながらベツィーに激昂され絶交され、それきりになってします。しかし彼にはその理由すら分からない。いや寧ろ、自分を蔑んだ態度に感じます。

底辺のタクシードライバーで生計をたてるトラヴィスと、上流の人間とはもともと趣味も生活スタイルも異なる。

恋に破れると、彼女を憎み、綺麗ごとの政治のスローガンも見せかけの嘘話だと考えるトラヴィス。

ある日、トラヴィスのタクシーに突然、女性が逃げ込んできます。彼女はまだ少女の年齢で売春婦のようです。すぐに追いついたヒモのような男に連れ戻されていきます。

また別の日には、女房の浮気現場を確認するためにトラヴィスのタクシーの乗り込み、車内から監視し、マグナム44で顔を跡形もなくぶっ飛ばして殺すつもりだと言う異常な男を乗せます。

不眠症はますますひどくなり、明らかに精神を病んでいく。トラヴィスはひどく落ち込み、タクシードライバーの生活を止めて、何か大きなことをしたいと考えるようになる。

トラヴィスの病的な焦燥感は、極度の精神異常に陥り、先鋭化されていき、倫理もモラルも無い不条理な社会への恨みは、銃による制裁に向かっていきます。

精神の鬱状態のなか、自身のアイデンティティを求めて暴走する。

彼はブローカーを通じて銃を4丁、手に入れる。マグナムの破壊力や38口径の操作性、自動銃のコルト25口径やワルサーを気に入る。

身体を鍛え直し、銃を改造し、道具をまとい戦闘の準備をする。

次第にトラヴィスは半狂人と化していく。

トラヴィスは、ある日の少女の売春婦アイリスを指名し、客を装い仕事を辞めるように諭す。ヒモのマティッシュに騙されていると、真剣に話をするトラヴィスにアイリスは理解を示していく。しかし結局はマッシュの甘い嘘の言葉にからめとられていく。

やがてトラヴィスの妄想はピークに達する。大統領候補のパランタインの暗殺の計画を実行に移す。

遺書とアイリスへの数百ドルを封書に残し、彼はアーミーの迷彩服にモヒカン刈りの出で立ちで、パレンタインの街頭演説の会場に現れた。しかし不審に思うシークレットサービスに目撃され、計画は失敗し人混みに紛れて何とか逃げ切った。

トラヴィスは、すべての邪悪を大雨のように流しさって浄化しようと目論み、銃を調達し完全武装で標的に偽善者に映る大統領候補を狙うが未遂に終わったのだ。

ここでトラヴィスは、計画を変更し売春を強いられている少女アイリスを闇の世界から救い出すことを決意する。

まずはヒモのマティッシュに、ワルサーの銃弾を撃ち込む。続いて用心棒の指を殺傷力の高いマグナムで吹っ飛ばす。元締めの男に首筋を撃たれるがすかさず仕込んだコルトで反撃し射殺する。

こうして木賃宿の個室とそこに通じる階段は血の海となり修羅場と化す。恐怖におののき泣き叫び震えるアイリス。

自殺を試みるトラヴィスだが、既に弾は尽きていた。そして駆けつけた警察に身柄を拘束される。

トラヴィスは、嘘つきの腐ったこの社会を、薄汚い色欲と薬と犯罪にまみれたニューヨークを浄化しようとした。しかし言うまでもなく、トラヴィス自体が狂気であり、トラヴィス自体が、危険な都市の病理でもあることに気づいていない。

ベトナム帰還兵を自称するトラヴィスの戦争体験の真偽は不明だが、大義なき戦争への参入への疑問や、多くの負傷者やPTSDを患った帰還兵が増えていくアメリカ社会自身も、大きな国家や社会の病理の中に投げ込まれていたのです。

精神を病み、不眠症に悩まされるのはトラヴィスだけでなく、ニューヨークもまた眠らない都市のカオスの生態、そのものである。

アイリスの両親からは、行方不明になっていた娘を救ってくれた英雄として感謝の手紙を受け、新聞は闇社会から少女を救い出した男としてトラヴィスの勇気を称える。

匿名性の高い都市に生息する人々の、脆く危うい精神の昂揚。

トラヴィスは、いつもと同じようにニューヨークの夜をタクシーで流す。

バレンタイン候補を狙い損じたトラヴィスは、その方向を少女売春娼婦のアイリスの救済に向け、売春にからむ悪人たちを成敗するが、あくまでトラヴィスの悪の浄化の照準が変わっただけで、政治だろうと社会だろうと、トラヴィスが対象とするものであれば何でも良かったのです。

トラヴィスは、統合失調症なのだろうか。表面からは分からないが、内面を病んだ一人の不眠症のドライバーに戻っている。そして都市の欲望が、人々を孤独に陥れる。

事件は一段落し、タクシーの仕事に戻っていたある日、トラヴィスの車にベツイーが乗り込む。トラヴィスは、バレンタインが指名されたことを話し、勝利を祈る。ベツイーは、アイリスの一件を新聞で読んだと伝え、トラヴィスの体を気遣う。

トラヴィスは、少し照れたような薄い笑いを浮かべる。彼女の家の前に降ろして、メーターを倒し料金を受取らず走り出す。夜のマンハッタンを流しながら一瞬、ルームミラーに反応するカメラワークに、神経質な感情と、夜のカオスの余韻を漂わせながら物語が閉じられる。

ロバート・デニーロといえば役になりきることで有名です。 頭髪を抜いたり体重を増やしたりと役作りにこだわる俳優です。

この映画では、数週間にわたり実際にタクシーの運転手を行い、役の研究を行いました。

またデ・ニーロが鏡に向かい「You talkin’to me? (俺に用か?俺に話しているんだろう?)」と呟きながら、素早く銃を抜くシーンもデ・ニーロのアドリブです。

このシーンは、そのままトラヴィスの精神が、周囲との関係を拒絶し、社会浄化を目標に立ちふさがる相手を全て悪として敵対視するという、さらにそのために完全な武装状態で闘うというトラヴィスにとっての正義感であり、すでに狂人と化しており、全く違う人格に変わっていることをメッセージします。

また、バイオレンス映画屈指の監督であるマーティン・スコセッシはシチリア系イタリア移民の出身です。その出自から腐敗した矛盾の中でいかに人間の倫理や善良さ、それを実践することの苦悩をテーマとした映画を多く手がけます。

この作品ではメガホンだけでなく俳優としても登場します、浮気した自分の妻の殺害を仄めかす異常なタクシー客として出演しています。神経質な早口の言い回しが印象的です。

アメリカン・ニューシネマと呼ばれた映画ジャンルは、1960年代後半から70年代後半にかけて多く制作され、ベトナム戦争後の若者たちの反体制的な心情を綴ったテーマが多く後期の作品と言えます。この作品も最後期に位置します。

ロバート・デニーロの素顔の底に、常に情緒不安な狂気を潜ませた名演技が輝く作品です。