映画『スタンド・バイ・三―』|あの頃のような友達は、もう二度とできない。

あの12歳の時のような友だちは、もうできない。大人になり小説家になったゴーディは、遠い昔を思う。仲間4人で2日をかけた死体を探す冒険。僕たちのかけがえのない友情。50’sに育まれたスティーヴン・キングのノスタルジックな少年時代の出来事。23歳で亡くなったリバー・フェニックスの子役時代の代表作でもあります。

解説

性格や学力や環境が違うからこそ、仲良くなれる子供時代の仲間たち。

スティーヴン・キングは、アメリカを代表するモダン・ホラー作家として『キャリー』『シャイニング』など有名だが、一方で『ショーシャンクの空に』や『グリーンマイル』などヒューマン・ドラマやファンタジーの作品を描いている。

原作は、1982年に発表された中編作品集『恐怖の四季』に収められている。原題は<Different Seasons>で[それぞれの四季]。その中のThe Body(Fall From Innocence)- 体(秋の目覚め)という編だ。

このThe Bodyが、スタンド・バイ・三―となった。物語の最後に、大人になったゴーディが、クリスとの思い出を振り返り、

あの12歳のころのような友達は、もうできない。もう二度と・・と静かに振り返る。

複雑な家庭環境で、誰にも悩みを打ち明けられないなかで、ほんとうの友情を感じたひとときであり、その言葉に勇気づけられ、頑張ることができたからこそ作家としての今がある。そんな思い出である。

小説家となったゴーディは、“弁護士クリス・チェンバーズ刺殺される” の記事を読みながら少年時代の夏の出来事を思い浮かべる。

生まれ育ったオレゴンの小さな町キャッスルロック、人口は1281人。その場所が、全世界だった。

そして1959年の暑い夏、初めて死んだ人間を見た。

そこは治安の悪い町で、粗悪な人たちが住み、家庭環境の良くない子供たちが多かった。4人は、性格も環境も違ったが、何故か仲が良くいつも一緒だった。

大きな黒縁の眼鏡をかけたテディは、とてもムチャをする男だ。

彼の父親は、すぐにカッとなる人だった。テディは、父親から耳をコンロで焼かれた、それでもテディは父親をノルマンディ上陸の勇士として尊敬している。彼は、できれば自分も軍隊に入りたいと思っている。

クリスは、ガキ大将。ゴーディの一番の親友だった。

父親はアル中で、兄は札付きの不良。家庭環境が悪い彼のことを、周囲の人は皆、将来はワルになると信じていた。そしてクリス自身もそう思っていた。

裏山の木の上の隠れ家に集まりいつも遊んだ。背伸びしてタバコを吸ったり、トランプをしたり、エッチな話をしたり、自分のことや身の回りに起こったことを話した。

ある日、のろまのバーンがすごい話があると息を切らしやってきた。

バーンは、不良グループの兄たちの話を盗み聞きしたという。何でも “3日前にブルーべリー摘みに出たレイ・ブラワーという少年が汽車に跳ねられて死に、死体が森の中に野ざらしになっている” らしい。場所はハーロウ・ロードだ。

「死体を僕らが最初に発見すれば、新聞に僕らが出る」とクリスは言う。「テレビにも出れるし、ヒーローになる」とテディが続ける。バーンは盗み聞きが兄たちにばれると心配するが、ゴーディが「死体の発見者は勲章がもらえる」と言うと賛成した。

意見はまとまる。アリバイもつくった。“死体を探しに行こう”ということになった。

ハーロウ・ロードは、ロイヤル川にぶつかるところにある、30Km以上あるが、そこまで線路が続いている。僕らは線路に沿って行くことにした。

皆で行くことを決定したが、ゴーディは皆の様には夢中になれなかった。

兄のデニーが4月に車の事故で死んだ。夏になっても両親は落ち込んだままだった。父親は何かにつけ兄のデニーと弟のゴーディを比較した。デニーの友達は良かったが、ゴーディの友達はアホと泥棒だと言った。クリスを給食代をくすねた泥棒だという。

一人ぽっちで押し潰されそうな時に、勇気をくれた友達の言葉。

出発は昼頃とした、それぞれに準備をして落ち合った。

クリスは父親の45口径を用心のため持ってきた。ゴーディが本物を手に喜ぶ、クリスが弾は抜いてあるというので、ゴーディが引き金をひくと、弾が飛び出し凄い破裂音にびっくりする二人。

ゴーディは、兄に貰った大切なヤンキーズの野球帽を被り水筒をもってきた。途中、エースと出くわし帽子を奪われる、取り返そうとするが腕力で歯が立たない。クリスの兄も同じ不良グループで、兄弟は仲が悪い。

4人は集合して線路の上に立つ、これから死体を探す冒険が始まる。

どこまでも続く線路。4人はふざけあい、歌を歌いながら、時に喧嘩をし、助け合いながら歩いていく。

汽車が近づくと、テディは肝試しと言って線路から逃げ出さない、すんでのところでクリスが助ける。水補給にくず鉄置き場の井戸に行く。立ち入り禁止の金網の柵があり、難関は管理人のマイロと、町一番と恐れられる犬のチョッパー。チョッパーは、男の急所を噛むように訓練されている。

親にウソをつきハーロウへ行くのは確かに冒険だが、それだけではなかった。

僕たちは、それぞれの別々の進路を歩み、その先の未来に向かっていることを知っていた。

昼食の調達にゴーディが食品店に行く。店主は、ゴーディがデニーの弟であることを知っていて、聖書いわく“生きるとは死に向かうことなり”と兄の死を悼んだ。死んだゴーディの兄は有望なフットボール選手だった。

くず鉄置き場に戻ると仲間はみんないない、逃げ出していたのだ。ゴーディは、あのチョッパーに追いかけられ懸命に柵を越えた。

マイロは「テディの親は頭が変で、子供の耳を焼こうとした。あの親にしてこのガキ」と言う。「ノルマンディの勇士だぞ、父さんをバカにしたら殺す」とテディは金網越しにムキになり襲いかかる。

マイロの話は事実だが、テディは、かくもひどい父親を愛していた。仲間が皆でテディを慰める。

時間はまだ3時前、川はまだずいぶん先だ。僕たちは先を急いだ。ラジオから流れる50’sの “ロリホップ” に合わせて線路を歩く。

僕らは、やがて小学校から中学校になる、クリスはゴーディとお別れだなと言う。

頭の良いゴーディは進学組だし、クリスやテディたちは就職組だ。

クリスは、ゴーディに「きみはいい小説家になれる」と言う。ゴーディが兄さんのデニーと比較され悩んでいることを察して「きみのお父さんは兄さんで頭がいっぱいで、きみのことが分かっていない」とクリスは言う。

クリスはゴーディの才能を認める。「そしてその才能を誰かが育てなければ」と言う、でないと才能も消える。「きみの親がやらないのならおれが守ってやる」とクリスは言う。

それはゴーディにとって、かけがえのない大切な友達からの応援の言葉だった。

大きな川にかる鉄橋を渡っていく4人。そこに汽車が走ってくる。懸命に枕木を駆け抜ける4人。ゴーディとバーンは線路脇の土手に飛び込む。やがて夜になり森で野宿する。タバコをふかしながら何か面白い話をとゴーディに頼む。

ゴーディはブタケツの大食い大会の創作話をする、結末がもの足りないがそれでも皆、大笑い。

夜の森にコヨーテの声がする、4人は順番で見張りに発つ。次はクリスの番だった、ゴーディは死んだ兄デニーの夢を見ている、。

目醒めたゴーディはクリスに一緒に進学組に入ろうという。クリスは家庭の環境が悪いから無理だと答える。

クリスが給食の金を盗んだのは事実だった。でも返した金をサイモン先生がまた盗んだ。彼女は、その金で新しいスカートを買った。まさか先生がそんなことをするなんて。真実を言っても不良のアイボールの弟のクリスを誰が信じるものか。

クリスはだれも自分を知らないところへ行きたいと涙する。

朝、僕たちは暑さの中、死体を見る思いに取りつかれ、足を進めた。

ロイヤル川が見えた。僕たちは沼を渡るが、皆、ヒルに噛まれてうろたえる。ゴーディは急所をかまれて気絶する。それでも、僕らは進んでいった。

そのころエースたち不良グループも “死体探し” に車で出発した。

僕らは、ハーロウ・ロードに辿り着いた。手分けして死体を探す。

ブラワーは森にいた。彼は病気でも無く、眠ってもいなく、そこに死んでいた。

死を目の前にしたゴーディは、兄ではなくなぜ自分が死ななかったのかと自分を責める

「父親は自分を嫌っている」と、泣き崩れるゴーディ。クリスはゴーディを「必ず立派な作家になる」と慰める。そしてもし材料に困ったら僕らの事を書くようにと告げる。

そこへエースたちがやってきた、クリスの兄も一緒だ。死体を渡せという彼らに4人は対抗する。

エースはナイフでクリスを脅そうとすると、ゴーディが拳銃を威嚇で撃ち「死体は誰にも渡さない」と言う。エースは捨てセリフを残して引き揚げた。

あの頃のような友達は二度とできないが、永遠に人生の傍にいてくれる。

僕らは結局、匿名で警察に電話することにした。死体は発見されたが、誰の手柄にもならなかった。

僕らの冒険は終わった。帰り道、皆黙っていた。

町に戻ったのは、日曜日の朝5時。2日の旅だったが町が小さく見えた。4人は、中学校で会おうと言って別れた。

やがてテディやバーンとは学校で顔を合わすだけの付き合いになった。

その後、バーンは結婚し4人の子持ちで製材所で働いている。テディは目が悪く軍隊に入れず、一度、刑務所に行き、今は臨時雇いで働いている。

クリスは町を出た。進学組に進み、努力して大学に行き弁護士になった。

新聞にはこう書かれていた。彼がレストランに入ると ”前にいた2人がケンカを始めナイフを出した” クリスはそれを止めようとした。そしてノドを刺され即死したと。

クリスとは10年以上、会っていなかった。だが永遠に彼を忘れはしまい。

こうして物語は閉じられるが、ゴーディとクリスの友情には、旧約聖書の『創世記』偽典『ヨベル書』の神話である、農夫の兄カインと羊飼いの弟アベルのような関係が現れている。

ゴーディの兄は優等生だった。家族はゴーディに無関心で、代わりに自分が死ぬべきだった悲観する。さらにゴーディの父親はクリスを泥棒呼ばわりしており、家庭が破綻しているクリスの家は、父親がアル中で兄は不良。クリスも当然、ワルと思われている。

共に兄がいて、共に弟である。弟同志が、お互いを助け、信頼し、応援しあっている。

少年時代の友達の時間は、複雑な家庭環境の中ではなおさらに貴重だ。大人は判ってくれないなかで、友達同士の勇気づけられる言葉。

世の中の不条理を知る、それでもゴーディとクリスはお互いを信じ合う。友を大切にして裏切らない。

友情を支えに、正義を信じ、クリスは、あの夏の冒険の時に涙した悔しさのために努力して弁護士になった。記事は、ゴーディにそんなことを思い出させてくれる。

そしてゴーディもまた同じようにあの夏のクリスの友情に支えられて小説家となった。

全編を流れるフィフティーズ、そして、ベン・E・キングの”スタンド・バイ・ミー”が彼らの友情を育み大人へと出発たびだたせる。

あのオレゴンでの暑い夏の2日間の冒険が、人生を決める岐路だった。

だからあの12歳の時のような友だちは二度とできないことを知っている。

こうして物語を書き上げたゴーディは、クリスの人生を讃え鎮魂し、そして友情を懐古した作品の出来栄えに満足しながら、パソコンを離れて、子供たちと遊ぶところで物語が閉じられる。

映画はスティーヴン・キングの幼少の頃の思い出の部分が多く、その意味では彼の自伝的な意味合いを持つ。