映画『スタンド・バイ・ミー』あらすじと解説/ここが見どころ!

概要>あの12歳の時のような友だちは、もうできない。大人になり小説家になったゴーディは、遠い昔を思う。仲間4人で2日をかけた死体を探す冒険。僕たちのかけがえのない友情。50’sに育まれたスティーブン・キングの自伝的ノスタルジックな少年たちの物語

登場人物

ゴーディ・ラチャンス(ウィル・ウィートン)
内気だが物語をつくる才能がある、若くして死んだ兄と比べられ悩む。
大人になったゴーディ(リチャード・ドレイファス)
作家で、子供たちに囲まれた暮らしの中で12歳のあの頃を小説に書く。
クリス・チェンバーズ(リバー・フェニックス)
ゴディの親友、アル中の父と不良の兄がいて信用が無く将来に悲観的。
テディ・ドチャンプ(コリー・フェルドマン)
ノルマンディで勇敢に戦った父親を尊敬する、自身も軍隊に憧れる。
バーン・テシオ(ジェリー・オコンネル)
臆病でドジなタイプ、兄たちが話す死体についての情報を盗み聞く。
エース・メリル(キーファー・サザーランド)
不良グループのリーダーで胆の据わったワル、悪事ばかりはたらく。
アイボール・チェンバース(ブラッドリー・グレッグ)
クリスの兄、弟とは仲が悪く、いつもエースと一緒に悪事をはたらく。
ビリー・テシオ(ケイシー・シーマッコ)
バーンの兄、少年の死体についての情報を弟のバーンに聞かれる。
デニー・ラチャンス(ジョン・キューザック)
ゴーディの兄で故人、アメフトの選手で両親から将来を嘱望されていた。

あらすじ(ネタバレあり)

小説家のゴーディは、“弁護士クリス・チェンバーズ刺殺される”の記事を読みながら、少年時代の夏の出来事を思い浮かべる。生まれ育ったオレゴンの小さな町キャッスルロック、人口はたったの1281人。
そこは、ゴーディにとって全世界だった。1959年の暑い夏、ゴーディは初めて“死んだ人間”を見た。

クリス、ゴーディ、テディ、バーンの4人はいつも一緒だった。

そこは、治安の悪い町で粗悪な人たちが住み、家庭環境の良くない子供たちが多かった。4人は、性格も環境も違ったが何故かうまがあい、いつも一緒だった。

大きな黒縁の眼鏡をかけたテディ。テディは、とてもムチャをする男だ。彼の父親は、すぐにカッとなる人だった。テディは、父親から耳をコンロで焼かれたことがある、それでもテディは父親をノルマンディ上陸の勇士として尊敬している。彼は、自分もできれば軍隊に入りたいと思っている。

クリスは、ガキ大将。ゴーディの一番の親友。父親はアル中で兄は札付きの不良グループにいる。家庭環境が悪い彼を、周囲の人は皆、将来は悪人になると信じていた。クリス自身もそう思っていた。

僕らは裏山の木の上の隠れ家に集まっては、いつも遊んでいた。

背伸びしてタバコを吸ってみたり、トランプをしたり、エッチな話をしてみたり、自分のことや身の回りに起こった話をしたり。

ある日、おっとり屋でノロマのバーンが「すごい話がある」と息を切らしやってきた、

バーンは、不良グループの兄たちの話を盗み聞きしたという。何でも“3日前にブルーべリー摘みに出たレイ・ブラワーという少年が汽車に跳ねられて死に、その死体が森の中に野ざらしになっている”と。場所はハーロウ・ロード。

「まだ見つかっていない死体を僕らが最初に発見すれば、新聞に僕らが出る」とクリスは言う。「テレビにも出れるし、ヒーローになる」とテディが続ける。バーンは「盗み聞きが兄たちにばれるのでは」と心配するが、ゴディが「死体の発見者になると勲章がもらえる」と言うと、バーンも納得する。

僕ら4人は、線路をつたい死体を発見する冒険に出かける。

意見はまとまった、アリバイもつくった。“死体を探しに行こう”ということになった。

ハーロウ・ロードはロイヤル川にぶつかるところにある、30Km以上あるが、そこまで線路が続いている。僕らは線路をつたって行くことにした。

皆で行くことを決定したが、ゴーディは皆の様には夢中になれなかった。

それは、4月にゴーディの兄デニーが車の事故で死んだ。4か月経ち夏になっても両親は落ち込んだままだった。父親は何かにつけ兄のデニーとゴーディを比較した。

「デニーの友達は良かったが、ゴーディの友達はアホと泥棒だ」と父は言った。クリスのことを「給食代をくすねた泥棒」だという。小さな町の噂は大人にも早い。

僕らが死体探しに出たのは昼頃だった。それぞれに準備をして落ち合う。

クリスは父親の45口径を用心のために持ってきた。ゴーディが本物を手にして喜ぶ、クリスが弾は抜いてあるというので、ゴーディが引き金をひくと、凄い破裂音で弾が飛び出しびっくりする二人。

ゴーディは、兄からもらった大切にしているヤンキーズの野球帽を被り水筒をもってきた。途中、不良グループのエースと出くわし帽子を取り上げられる、クリスが取り返そうとするが腕力が違い抗えない。クリスの兄もエースと同じ不良グループで、弟を助けない。兄弟は仲が悪い。

4人は集合して、線路の上に立つ、これから死体を探す冒険が始まる。

どこまでも果てしなく続く線路。ハーロウまでは、32キロ先だ、いや48キロ以上かも。

4人はふざけあい、歌を歌いながら、時に喧嘩もするが助け合いながら歩いていく。汽車が近づくと、テディは、肝試しと言って遠路から逃げ出さない。すんでのところでクリスが助ける。

水の補給のために、くず鉄置き場の井戸に向かう。そこに行くには、立ち入り禁止の金網の柵を乗り越えなければならない。難関は管理者のマイロと、町一番と恐れられている犬のチョッパー。チョッパーは、男の急所を噛むように訓練されているらしい。

幸いマイロもチョッパーもいなかった。

ほんとうの冒険の目的を、僕たちは知っていた。

僕たちは自分たちを知り、どこへ向かっているかを知っていた。

僕たちは、それぞれ別々の進路を歩み、その先にある未来が待っている。

昼食の調達はくじ引きで決めた、ゴーディが負けて食品店に行く。店主は、ゴーディがデニーの弟だと知っていて、兄を悼んで「聖書いわく“生きるとは死に向かうことなり”」という。

死んだゴーディの兄は将来有望なフットボール選手だった。父親はとても愛し期待した。

くず鉄置き場に戻ると仲間は皆、逃げ出していた。ゴーディは、あのチョッパーに追いかけられる、
懸命に走り柵を越えた。マイロが言う「テディの親は頭が変になって子供の耳を焼こうとした」と。

「ノルマンディの勇士だぞ」と返すテディ、「あの親にしてこのガキ」とマイロは言う。「父さんをバカにしたら殺す」とテディは金網越しに興奮する。マイロの話は本当だが、テディは、かくもひどい父親を愛していた。

テディは、悔しくて涙が止まらない、仲間が皆でテディを慰める。

お互いに言い合いをしたり、喧嘩になったり、悪口を言ったり、慰めあったりしながら歩いた。

歩きながら僕らは、いろいろなことを経験し語り合う。

僕たちは暗くなる前に先を急がなければならなかった。

ラジオは、“依然、ブラワー少年の行方は不明”と告げる。ラジオから流れるフィフティーズの“ロリホップ”の曲に合わせて、僕たちは線路の上をごきげんに踊り歩く。

僕らは、やがて小学校から中学校にあがる、クリスは「ゴーディともお別れだな」と言う。

頭の良いゴーディは進学組だし、クリスやテディたちは就職組だ。

自分が変人かなと悩むゴーディに、「きっと頭のいい友達ができるよ」とクリスはいう。クリスはゴーディの有能さを知っていて小学校かぎりの友達だと思っているし、自分たちと一緒にいるとだめになるという。

クリスはゴーディに「きみはいい小説家になれる」という、ゴーディは「ものを書くなんて時間の無駄だ」と父親の口癖をクリスにかえす。

クリスは、ゴーディが兄さんのデニーと比較され悩んでいることを察して「きみのお父さんは、兄さんで頭がいっぱいで、きみのことが分かっていない」と言う。

クリスは、ゴーディの親よりもはるかに、ゴディの才能を認め応援している。「その才能を誰かが育てなければ、消えてしまう。きみの親がやらないのならおれが守ってやる」とクリスは言う。

どこまでも続く線路を歩きながら、くりひろげられる会話が、その後の人生を決めるような、そんな大切な友達との時間でもあった。

大きな川にかかる鉄橋を渡っていく4人。そこに汽車が走ってくる。命からがら枕木を駆け抜ける。
ゴーディとバーンは線路脇の土手になんとか飛び込み助かる。やがて、夜になり森で野宿する。

クリスが父親からかすめたタバコをふかしながら、何か面白い話をとゴーディに頼む。

ゴーディはブタケツの大食い大会の話をする、ヒマシ油を飲み卵を食べて大会に臨み、ブタケツが復讐するゲロでまみれる大会の話、結末がもの足りないが皆、大笑い。

僕らは、夜中まで話した。彼女ができる年齢に満たない子供には友人は何よりだった。夜の森にコヨーテの声がする、4人は銃を握り順番で見張りにあたることにした。

次はクリスの順番だった、ゴーディは夢を見ている。兄デニーの葬儀の場で「お前が死ねばよかったのに」と父親に言われる、そんな夢にうなされていた。

目が醒めたゴーディはクリスその傍にいき、一緒に進学組に入ろうという。クリスは家庭の環境が悪いから無理だと答える。クリスは打ち明ける「給食の金を盗んだのは事実だ。でも返したそのお金をサイモン先生がまた盗んだ。彼女は、その金で欲しかった新しいスカートを買ったんだ」と。

「まさか先生がそんなことをするとは思わなかった。その真実を言っても不良のアイボールの弟のクリスを誰が信じる。これが金持ちの子なら同じにはならない」

クリスは「だれも自分を知らないところへ行きたい」と涙する。

死体を発見した、そして僕らの冒険は終わった。

朝、鹿と出会う、このことは自分の秘密にした。

暑さの中、ブラワーの存在が足を進めさせた。僕たちは、死体を見るという思いに取りつかれていた。ロイヤル川が見えた。まっすぐに、つっ切れば1時間だ。

僕たちは、近道を選び森を横切り沼を渡るが、皆、ヒルに噛まれてうろたえる。ゴーディは急所をかまれて気絶する。それでも、僕らは進んでいった。

そのころエースたち不良グループも“死体探し”に車で出発した。

僕らは、ハーロウ・ロードに辿り着いた。手分けして死体を探す。ブラワーは森になかにいた。

彼は、病気でも無く、眠ってもいなく、そこに死んでいた。

死を目の前にしたゴーディは「兄ではなく、なぜ自分が死ななかったのか」と自分を責める。父親が自分を嫌っていると、ゴーディは泣き崩れる。

クリスはゴディを慰める「必ず立派な作家になる」と。「そしてもし材料に困ったら僕らの事を書くように」と告げた。

そこへエースたち不良グループがやってきた、クリスの兄も一緒だ。死体を渡せという彼らに4人は対抗する。エースは言う。“ここで死体を渡すか”あるいは“ぶん殴られて死体を取られるか”のどちらか。エースはナイフでクリスを脅し選択をせまる。ゴーディが拳銃を威嚇で撃った、大きな発砲音がした。

ゴーディは「死体は誰にも渡さない」と言う。

ゴーディは銃口をエースに向ける「僕をなめるな、チンピラ・ヤロー」。エースは気迫に押され、捨てセリフを残して引き揚げた。

僕らは、結局、匿名で警察に電話することにした。死体は発見されたが、誰の手柄にもならなかった。

僕らの冒険は終わった。帰り道いろんなことが頭によぎったが、皆、黙っていた。

町に戻ったのは、日曜日の朝5時。2日の旅だったが町が小さく見えた。4人は、又、中学校で会おうと言って別れた。やがてテディやバーンとは学校で顔を合わすだけの付き合いになった。

その後、バーンは結婚し、4人の子持ちで製材所で働いているそうだ。テディは目が悪く軍隊に入れず、一度、刑務所に行き今は臨時雇いで働いている。

クリスは町を出た。進学組に進み、努力して大学に行き弁護士になった。

新聞にはこう記事が書かれていた。“彼がレストランに入ると、前にいた2人がケンカを始めナイフを出した、クリスはそれを止めようとした。そしてノドを刺され即死した”と。

クリスとは10年以上、会っていなかった。だが永遠に彼を忘れはしまい。

あの12歳の時のような友だちは、もうできない。もう二度と・・・

解説/ここが見どころ!

遠い夏の日のあのクリスの言葉で、ゴーディは小説家になった

映画は50’Sの音楽が流れていく。当時のアメリカの田舎町のティーン以外は、この映画の気分は判らないかもしれないが、日本でも男の子だけで幼少の頃、森や川で遊んだ記憶のある方も多いだろう。

その意味では、2日間という4人の時間は大きな意味を持つ。全てが分かり合える密度の濃さだ。

親の仕事も家庭の環境も4人の仲間たちの性格もそれぞれに違う。小学校から中学校に上がれば、否応なくそれぞれに違う道を歩んでいく。幼い頃の友達とはそういうものだ。

少年たちだけが持つ時間、それは無邪気な遊びのなかにも、どんな家庭環境かを含め、大人になっていくことの漠然とした不安や迷いがある。小さな田舎町で、未来は決定しているかに見えても、大人には理解できない友だち同士の勇気づけられた言葉。

ゴーディは、兄ではなくて、何故、自分が死ななかったのだろうと悩む。

父親は、自分を嫌っていると涙する。少年には、大人には気づかない、判らない、あるいは判って欲しくない心の悩みがある。そんな時に、友達に打ち明けることで、後の人生の大きなきっかけになることがある。きっと何にも替えがたい宝物のような思いで。

クリスは、ゴーディのモノを書く才能を親よりも誰よりも認めている。そして書く材料に困ったらこの冒険の話“僕らの事を書け”と自信づける。

ゴーディの兄を失った悲しみと自分を失いかけている弱さを、クリスは強い友情で守ろうとする。

あのオレゴンでの暑い夏の2日間の冒険が、人生を決める岐路でもあった。

映画はスティーブン・キングの幼少の頃の思い出の部分が多く、その意味では彼の自伝的な意味合いを持つ。クリスの言葉がゴーディに小説家にる決意をもたらしたと言える。

かけがえのない友と、その思い出を胸に人生を旅する人々

4人の男の子。異性がまだいない男友達だけの旅だからノスタルジーがある。

ふざけかたが無邪気だ。仲良しは、それぞれの欠点も含め最後は補完しあう。両親に、特に母親に依存していない。助けられたのはゴーディだけではない。

クリスが給食のお金を盗んだのは事実だが、そのお金はちゃんと返した。ところが女性の先生がくすねて、新しいスカートを買った。家庭環境の悪いクリスは停学になる、金持ちの子なら停学にならない。なぜか?お金を盗んだのがクリスだったから、返したことを誰も信じないことを先生は知っている。

幼い心に、世の中が不平等であることを知り絶望する、それでも、ゴーディはクリスを信じている。

幼少の頃のいたずらなんてしれたもの、そんな小さなことよりも、友を裏切らないということの大切さを学び経験することの方が、人生にとっては大きい。

そして大人になって自立する、できることならば、幼少のあの時の性格と変わらないままで、仲間を愛し、正義を信じて。クリスは、あの冒険で涙した悔しさに勝つために努力して弁護士になったのだ。

記事は、ゴーディにそんなこともふっと思い出させる。そしてあの12歳の時のような友だちは、二度とできないことを知っている。

果てしなく続く線路の上に4人の少年が立ち、冒険が始まり、そして冒険は終わった。全編を流れるフィフティーズの音楽、そしてベン・E・キングの”スタンドバイミー”が彼らを大人へと育んでいった。

スティーブン・キング原作、ロブ・ライナー監督
映画『スタンド・バイ・ミー』1986年公開のアメリカ映画
1986年アカデミー賞脚色賞、ゴールデングローブ賞作品賞、監督賞ノミネート
23歳の若さで亡くなったリバー・フェニックスの子役時代の代表作です。


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