映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』|現代のお伽話、その脆く壊れそうな世界。

SNSのクリックひとつで繋がる絆の希薄な社会で次々と七海に訪れる受難、私には幸せの限界があると言いながら壊れそうに危うい真白。それでもこの世界は幸せに満ちている。黒木華×CoCo×綾野剛が繰り広げる不思議な現実。岩井俊二監督が贈る現代の御伽草子。

解説

ボタン一つで全てが解決する時代に、人間の心が運ばれていく場所。

それは現代というお伽話とぎばなし、その脆く壊れそうな世界。観客に主題を突きつけるというよりも、時代の感覚に微睡まどろみ漂流していると、結末に、ぎくっとするような虚実が倒錯するところに辿り着きます。

とめどなく広く、どこまでも深い、都会の大海原を小さなブイに掴まりながら、浮遊するような不思議な感覚を持ちます。そんなフラジャイルな物語のあらすじを追いながら、主題を解説していきます。

幸せを探し続ける皆川七海みながわななみ

アリスが穴に落ちていくように思いがけない不幸が連続しますが、生命力がありタフな立ち直りを見せます。不器用で弱虫なくせに、どこか無色透明なしなやかさがある。ハンドルネームは、グラムボンから心機一転、カンパネルラに変えました。そして真白と出会い、大きな屋敷で共同生活を始めます。

幸せの限界を知る里中真白さとなかましろ

ナィーヴで傷つきやすい心を隠し自由で開放的な自分を装いながら、AV女優の仕事というひりひりするような無垢な生き方です。人のささやかな優しさに自分が満たされ過ぎて苦しくなるという、孤独で一人きりの人生です。末期の癌に侵され、最後に友と呼べる七海を得ることができました。

二人の接点を繋ぐ、安室商会の安室行舛あむろいきます

金で買えないものは何もない時代、奇想天外なサービスを提供する。結婚式や葬式、愛情や友情。形骸化し意味を見失う慣習や因習、そして心や感情さえも希薄化されていく社会。そんな時代に金さえあれば対応する、便利で早く、有難かったり、怪しかったりする “何でも屋”の商売。

真白の母の珠代たまよ。裸同士の関係を求めます。

骨となった真白を受け入れず、グレて家を出て音沙汰の無かった娘がAV女優として生きたことを恥じ絶縁するが、その悔いる思いとやり場の無い哀しみは、真っ裸になって酒を煽る姿となる。絶望と諦観。親より先に逝った子を思い、悲嘆にくれる姿を曝け出します。

七海と真白という両極端の幸せの探し方、ムラ社会の窮屈さが解体され、都市の自由を得た時に、突然、一気に過去の記憶におちいっていくような自分の居場所が定まらない不思議。

リップヴァンウィンクルとはアメリカ英語で「時代遅れの人」や「眠ってばかりいる人」との意味で、「自分にとっては、いくらも時がたっていないのに、世間は長い時間が過ぎていた」という伝説をもとに書かれた物語。アメリカ版の浦島太郎のこと。

七海のハンドルネームのクラムボンは、宮沢賢治の “山なし” カムパネルラも “銀河鉄道の夜” の孤独な少年ジョバンニのたったひとりの友人。ほんとうの幸せを見つけるために、真白と七海、二人は別世界でリップヴァンウィンクルの花嫁のひとときを、伴に過ごし眠ります。

安室も「アムロ、行きまーすっ」というガンダムのキャラクター。

安室商会という“何でも屋”の仕事。世の中の、人間の、いろんな困りごとを解決する。必要なものを手配し調達する。社会の繋がりを重んじるはずの通過儀礼、希薄化する親子や親戚、友人関係のなか、披露宴を、葬式を、喜びや、別れを、嘘を本物そっくりに演出する。

非現実的なのに現実に繋がっている、不確かで儚く脆い絆。

七海への優しさとも罠とも思える、安室の接し方は何だったのでしょうか。

疑似的に恋愛する人々、誰かと繋がりたい人々、孤独な世界で、安室に持ち込まれる相談とそれに応えるメニューは、現在の社会そのものかもしれません。

七海は引っ込み思案で、臆病で、大人しい。お見合いサイトで知り合った鉄也と、簡単に結婚してしまう。お互いを深く知らない間柄、流れに漂うままの恋愛。クリックひとつの、手軽で頼りない、それでも合理的な選択。

披露宴の参列者の人数合わせに “何でも屋” の「安室商会」を知ることになり、なりすましの嘘の招待客を集める親戚代行サービスを購入し場を繕います。

“二人で、何があっても人生を乗り越えていく” という神父の前での宣誓でしたが、結婚生活はすぐに破綻します。夫の浮気に気づき安室に調査を依頼する七海ですが、逆に罠に落ちてしまいます。

安室の企みなのか、義母カヤ子の指図なのか、七海は浮気の濡れ衣を着せられ披露宴の招待客の偽装も暴かれ、離縁させられ家を放り出されます。

七海は途方にくれながら東京の街を、彷徨さまよい、憔悴しょうすいし、深い悲しみに落ちていきます。

「ここはどこだろう、私はどこへ行けばよいのですか」失意の七海のもとに、安室から携帯電話がかかり、ここからさらなる漂流が始まります。

安室からバイトを紹介され、今度は、自分が披露宴の偽装の親戚代行サービスの一員として家族を演じます。集まった人たちは、皆、初めて顔を合わせるその場かぎりの嘘の家族。その中で、姉役の真白と知り合います。

真白は売れない女優業が仕事でとても無邪気。自由奔放さと壊れそうなナイーヴさとが同居する。真白と七海は意気投合します。

七海は安室に次のバイトも紹介されます、今度は1か月に100万円という破格です。

仕事の内容は、住み込みのメイドで部屋を掃除して片づけすること。七海の他にもうひとりメイドがいるとのことでした。訪れてみるとそこは以前、洋館のレストランでとても大きく、室内はとても広く、とても散らかっています。 すこし不安な七海ですが、安室の話を引き受けことにします。

もうひとりのメイドとは、真白でした。七海は、真白と一緒に、不思議な共同生活を始めます。

二人は大きな館で、部屋を片付け、庭に水をやり、買い出しに出かけ、草原で遊び、花火を楽しみ、共にはしゃぎながら日常から離れた毎日を送ります。

ある朝、真白は高熱で動けません。マネジャーがかけつけ病院に行こうとしますが、真白は頑として仕事場に行きます。七海は真白が実はAV女優で、この館は真白が多額の家賃を払い実際に住んでいることを知らされます。

七海は安室に確認します。自分は真白に雇われているのかと・・・。

安室は七海に明かします。真白の希望は「友達が欲しい」ということ。安室は真白の友達に、七海がふさわしいと考えてメイドということで近づけたのでした。

大金を刹那に浪費する真白に、部屋を探し二人で暮らしていこうと話します。それは七海にとっても心を許すことのできる真白への思いでした。部屋探しの帰り道、ウェディングドレスのショップに立ち寄ります。

二人は好みのドレスを試着し、記念撮影を行い、それを纏いながらアルファロメオを運転し、東京の街を通り抜けて屋敷に戻ります。二人だけのパーティーを開き、乾杯をして、踊りながら、語りながら、分かりあいます。真白は七海と出会ったことで自分の死を決意します。

ふたりは安心しながら眠っていきます。そして真白はほんとうに死んでしまいました。目が醒めた七海は、真白を失った事実に驚き、号泣し狼狽し錯乱します。

本当は嘘で、嘘は本当。リアルではないがバーチャルな、ペルソナな個人。

真白の葬儀には、披露宴でなりすまし家族を演じた仲間たちも参列しました。本当の家族として献花を行い、七海も別れを告げます。

本当の家族のように涙する嘘の家族。嘘の家族が混じった本当のお葬式。

真白の母親は、真白のことを忌み嫌い骨を引き取りません。安室と七海で、骨を手渡しに行くことにしました。AV女優は、恥ずべき生き方だと娘を嘆きながらも、母親は安室や七海の前で裸になり、かけがえのない娘の死の現実を受け止め悲しみます。

世間の眼を気にする母親が、裸になり娘を弔い、安室もいたたまれずに裸になって、真白の母と酒を酌み交わし死を悼みます。

やがて七海は一人の部屋をかりて、静かな日常に戻ります。安室に心から感謝して別れます。こうして物語は閉じられます。

SNSのクリックひとつで繋がる関係。本当は嘘で、嘘は本当。リアルでないバーチャルな、本名でないペルソナな個人。それは皮膚に貼りついた仮面でもある。本当の自分ではないが、嘘の自分でも無い。そしてどれが本当の自分なのか、自分がどこに在るのか分からない。

七海は鈍感で不器用な性格だけど、けっして自分を投げ出さない強さがあります。そして透明感があります。真白は何気ない行為や態度を過度に反応し、脆く壊れそうです。コンビニ店員が自分の商品を袋に入れるのにさえ、やさしさと感じ、有難いと思う人間です。

真白は幸せが限界に満ちる基準が、他人よりも早いと言います。 人の心を思うと辛い、だからお金で済ますことで、見なかったことにしています。そのためにお金はあると考えています。真白は既に末期のがんでした。真白はお金で死を買います。

「だれか一緒に死んでくれる女性を探してほしい」と安室に依頼します。

真白は「私と一緒に死んでって言ったら死んでくれる」と七海に尋ねます。

「何故、私だったのですか」と七海が尋ねると、

安室は、七海に「優しくしてくれそうだったから」と答えます。

真白の依頼に、七海は適任者だったのです。真白の純粋さは、七海の優しさに救われたのでしょうか。真白は幸せのなかで死を迎え、七海は真白の死でひとつの旅を終えます。

誘惑は抜け目なく残酷に心の中に忍び込んできます。次々に起こる出来事は、七海には受難の連続でした。ただ、その失意や戸惑い、憤り、悲しみ、痛みなどの感情すらも無色で透明に希釈されました。

そして、どうしようもなく辛いときには、天空から地上に降りて救ってくれた G線上のアリア。

七海がカラオケで歌う森田童士の “僕たちの失敗” のせつない歌詞とリズム。東京という巨大な都市で起こるさまざまな出来事が、まるで御伽草子を次々とめくるように流れていきます。