映画『ラストサムライ』あらすじと解説/ここが見どころ!

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解説>武士の時代を捨て、西洋を模範に近代国家の建設を急ぐ日本。急速な改革に、忘れ去られる武士道。主君への忠誠、文武両道の精神の気高さを北軍士官のトム・クルーズと不平士族の領袖の渡辺謙が共演。アメリカ人の監督がつくった日本のサムライへの賛美。

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登場人物

ネイサン・オールグレイン大尉(トム・クルーズ)
南北戦争の北軍士官、明治政府軍の訓練教官として招聘される。
勝元盛次(渡辺謙)
元は天皇の師範役で、政府に反乱する武士を統率する領袖。
大村松江(原田眞人)
日本の実業家にして政治家。外国人を招聘し近代化を進める。
ベンジャミン・バグリー大佐(トニー・ゴールドウィン)
オールグレインの上官、共に明治政府軍を指導。
サイモン・グレアム(ティモシー・スポール)
オールグレインの通訳を務める。
長谷川大将(伊川東吾)
政府軍の大将、かっては勝元と共に天皇のために戦った間柄。
信忠(小山田真)
勝元の息子。村の長を任されている。
たか(小雪)
勝元の妹、夫の広太郎は戦場でオールグレインに殺される。
氏尾(真田広之)
勝元の家臣、最初はオールグレインに強い敵対心をもつ。
飛源(池松壮亮)
たかと広太郎の長男。
孫次郎(葵葵)
たかと広太郎の次男。
明治天皇(中村七之助)
勝元を思いながらも日本の近代化と統一を目指す。

あらすじ(ネタバレあり)

イザナギノミコトとイザナミノミコトの国生みの日本列島誕生の神話をモチーフに、古来、日本は“剣”からできたとのナレーションで物語は始まります。

戦争の英雄オールグレイン大尉は、残虐な記憶に精神を病んでいた。

北軍の大尉、ネイサン・オールグレインは、南北戦争の英雄。

反旗を翻したものの制圧に向かうことが天職だと考え、幾多の戦いを行いますが、罪のないインディアンを襲撃し女や子供を虐殺したことがトラウマになり、戦場の記憶を酒で紛らわす生活に陥っていました。

一方、明治維新直後の日本は、近代国家の建設を目指していました。

近代化を急ぐ政府と、それを拒む武士たちの間で、古い時代と近代のせめぎ合いが起こります。

元老院の大村松江は、西洋化のために、フランスの法律家、ドイツの技術者、オランダの建築家を積極的に招聘します。近代的な軍隊の育成では、アメリカを訪れバグリー大佐を通じて、オールグレイン大尉を法外な契約額で政府軍の指導教官としてスカウトします。

当時の日本は、徴集兵で、兵隊は銃を触ったこともない農民でした。

大尉は、にわか仕立ての軍隊を半年で近代化すると大村に約束します。ある日、不平士族が鉄道を襲ったとの報を受け、大村の指示で、バグリーはオールグレインに掃討を下命します。

錬度の低い政府軍が、1000年の戦いの歴史をもつ武士に勝つことは不可能と説明するオールグレインですが、命に従い吉野の国に向かいます。現場の指揮は長谷川大将、かつて勝元とは仲のいい間柄でした。

武士の一団の凄まじい勢いに、政府軍は一瞬で敗れ大敗を喫します。オールグレインも負傷し、囚われの身となります。長谷川は、敗戦の責任をとり自刃し、敵の大将に首を跳ねられます。

長谷川を介錯し礼をするその男こそ、武士たちを統率する領袖、勝元盛次でした。

囚われの身となるオールグレインがみた、サムライの風景。

オールグレインは、春が訪れ雪が解けるまでの間、勝元の住む集落で暮らすことになります。

勝元の妹たかに、傷の手当てを受け、村で生活をします。自然を巡り、人々を観察する中で、その礼儀・規律の正しさや、勤勉さ、文武に明け暮れるストイックな日々を体験します。

戦場で長谷川の首をはねた勝元に、 オールグレインがその理由を聞くと、敗れて生きることは武士の恥辱であり、そのために介錯をすることは名誉な役目であると聞かされます。

オールグレインは、殺した相手が、たかの夫、広太郎であった事を聞かされて胸を痛めますが、勝元は、武士として最後を誇り高く終えたのだと語ります。

仏僧のような勝元と交わす日本の武士道の話、オールグレインは勝元の生き方に興味を示していきます。

たった211人の兵で2,000人のインディアンと戦い、全滅した英雄のカスター中佐の話を、勝元は、興味深く聞きますが、それは未来の自分たちの姿でもありました。

“侍”とは“主君に仕えるもの”という意味で、この反乱こそが天皇への“忠”だと勝元は信じています。

勝元の息子の信忠はオ-ルグレインに好意を持ち、たかの二人の子、飛源と孫太郎もなついていきます。次第にオールグレインは、この村の人々の精神世界に浸透していきます。

武道の修行や勤勉な暮らしに、オールグレインは神聖なものを感じ、心の静けさを取り戻します。

武士の魂を捨てることに抗う勝元と、それを理解するオールグレイン。

春を迎え、満開の桜のもとで勝元は、 オールグレイン に話します。

それは、オールグレインのインディアン虐殺の命令とは異なり、勝元は、名誉とともに “人も桜もいつかは散る” 恥じることなく、生命を尊び生きていく武士道の考え方を説きます。

勝元は政府に呼ばれ上京します。

勝元は、天皇に謁見し大村のような自己の利害ではなく、士族はじめ民の思いをご理解いただくべく申し立てますが、近代国家の建設を急ぐ天皇は、勝元と元老院の調和を望みます。

大村は、勝元に服する侍が増えると内乱が10年に及び、近代化が遅れることを恐れ、オールグレインに勝元の討伐を打診します。

すでに廃刀令が発布され、武士は象徴である剣を捨てなければなりません。帯刀する信忠を道でみつけた政府側の軍人は、信忠のまげを落とし恥ずかしめを与えます。

元老院でも、参議の一人である勝元に廃刀令に従い剣を捨てるようにせまる大村に対し、勝元は天皇の御判断に委ねるとして、大村の要求を断ります。異を唱えた勝元は東京にて謹慎の身となります。

オールグレインは不平武士の鎮圧の総指揮の依頼を断り、アメリカへ帰ろうとしますが、勝元に加担したとみなされて刺客を放たれ襲われます。

オールグレインは、蟄居を命じられている勝元の屋敷に向かい、氏尾や信忠など部下と共に勝元を救い、襲いかかる刺客と戦います。

息子信忠は銃弾に倒れ死に、勝元は政府軍と戦い果てることを決断します。

今その時が、死ぬべきと、思うときに美しく死ぬ 。

オールグレインは、アメリカで失った尊厳を取り戻すためにも、勝元と共に戦うことを決意します。日本の武士道のように、彼もまた武士道を理解した生き方、死に方を覚悟するのでした。

勝元と武士の反乱軍そしてオールグレイン、大村とバクリー大佐率いる政府軍。

兵の数や兵器において圧倒的に勝る政府軍に、カスター中佐のように勝元たちは知略と鍛錬された武道と精神力で勇敢に立ち向かいます。

初戦は、凄まじい戦いの末に、勝元軍は政府軍を撤退させますが、多くの仲間を失います。続き、政府軍の波状攻撃は2連隊が投入されます。もはや滅びの道が残されるのみでした。

最後は、生きるために死ぬ道を選び、生き残った勝元たち少数とオールグレインは、大村とバグリーの陣へ突撃し接近戦になります。

バグリーはオールグレインの投げた剣に倒れます、劣勢の中、死力を尽くし、大村めがけ進む反乱軍。

サムライたちの英雄、勝元の決死の突撃にひるむ政府軍でしたが、最新兵器である回転式機関銃ガトリング砲のすさまじい威力が炸裂します。

容赦なく反乱軍に銃撃が浴びせかかり、力尽き、勝元とオールグレインの二人を残して全滅をします。

自刃をはかる勝元を、オールグレインは止めようとします。勝元は、オールグレインに向かって「お前は名誉を取り戻した」「わたしにも名誉の死を」と最後の言葉をふりしぼります。

死にざまを教えてくれ、いや、生きざまをお教えしましょう。

勝元はオールグレインに介錯を頼み、“パーフェクトだ”と言い残し最期を迎えます。

脳裏には、満開の桜が今、散ろうとする瞬時が映ります。

最期のサムライ勝元の死を悼み、政府軍の兵士は皆、脱帽しその死にざまに敬意を表し膝まづきます。

謁見したオールグレインは、勝元の 遺刀を掲げ「武士のちからを守りとされたし」と勝元の言葉を天皇に伝えます。

天皇は「勝元の死にざまを教えてくれ」と尋ねられると、オールグレインは「生きざまをお教えします」と答えます。

謹厳で実直で文武に励む武士道の精神を、決して忘れることなきようにと身を挺した勝元の生涯でした。

解説/ここが見どころ!

二人の主人公が2つのテーマを語りながら、交差します

ひとつは、タイトルの通り、「ラストサムライ」です。

明治を迎え、西洋の議会制や公共、軍隊の輸入を急ぎ、天皇による統一国家、近代日本の確立の陰で、排除され捨て去られていく武士の美学や作法、暮らしぶりを“武士道”という誇りとして捉えています。

その最後の象徴は、西郷隆盛を想起させる勝元の生き方です。

もうひとつは、不思議な設定ですが、勝元の率いる最後の武士集団に加勢して、共に戦うアメリカのネイサン・オールグレイン大尉です。

南北戦争の英雄ですが、先住民のインディアンを虐殺し精神を病む軍人の尊厳を取り戻す。

女性、子供まで近代兵器で殺戮した記憶が、トラウマになっています。法外な契約金で招かれますが、勝元に囚われの身となり捕虜として生活するなかで、侍が統治する集落の礼儀正しさや勤勉さ、心身の鍛錬などに触れて、こころのやすらぎを“武士道”の精神に見出し、救われていきます。

アメリカの監督が描いた、高潔な日本人へのリスペクトなメッセージ

この2つのコンテクストが融合しながら語られていきます

時代考証で違和感のある場面はありますが、もとは西郷隆盛の史実にインスパイア―されたフィクションゆえ正誤を申し入れる話ではないと思います。

寧ろ、原作、脚本、監督とアメリカ人の手でつくられた本作品は、これまでの日本を題材にした映画にはないリスペクトに満ちています。

この映画を見て、“ありがとう”と言いたくなるような高潔な日本人へのリスペクトになっています。

映画『ラストサムライ』日本に誇りが持てるファンタジーな作品です。