『草枕』と『三四郎』は兄妹!夏目漱石の遊び心と洒落っ気

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ヴェニスのゴンドラ

『草枕』9章、那美さんに英語の小説を訳しながら読み聞かせる画工。注釈によると、彼が読んでいるのは、イギリスの作家メレディスの「ビーチャムの生涯」という小説だそうです。男女がヴェニスで夜の船上デートをしている場面でした。
『三四郎』8章、美禰子と展覧会デート中の『三四郎』が見ている絵の中に、ヴェニスのゴンドラが有りました。詩と画がひっくり返っているのが、面白いですね。

彗星の尾

『草枕』3章「空に尾を彗星すいせいの何となく妙な気になる。」
オフェリヤの姿が胸の底に残るのをとても詩的に表現するのに使われた、彗星の尾。

『三四郎』9章 精養軒の会合で、野々宮が光線の圧力について説明しています。
 彗星が太陽の傍を通り過ぎる時、太陽の引力に彗星の尾が引き付けられるはずなのに、不思議と太陽と反対側の方角に靡くのは、太陽光線の圧力で彗星の尾が吹き飛ばされるから、だそうです。
 野々宮が穴倉で取り組んでいる「光線の圧力実験」は、太陽帆、宇宙ヨット等と呼ばれる形に発展し、現在も研究が続いています。2010年、JAXAが打ち上げた小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」によって、史上初の太陽帆航行が確認されました。

地震と火事

 物語の転換点で、それぞれ地震と火事が起きています。

『草枕』9章、地震が起こり椿が揺れます。明治維新という革命と日本人の自我が揺り起こされる象徴です。そしてこの後、芝居合しばいあわせ 那美編の幕が開きます。

『三四郎』9章の終わり、三四郎は半鐘の音で目を覚まします。近所で火事が起きていました。
「その時、三四郎の頭には運命がありありと赤く映った。」
この晩に起きた重大事件と言えば、よし子が縁談を断ったこと。これが美禰子の運命を決めました。

子供の死

 幼い子供の死、というのは憐みの情を誘うものですが、自分とは関わりの無い出来事として心理的に距離をおいて眺めてみれば、また別の情感も呼び起される、ということでしょうか。
「幼い子供の死」を例にして、主人公は各々自分に欠けた視点と情操に気付きます。

『草枕』6章、病の床に臥す子供が眠るように安らかに死んでいくのは、「死ぬ覚悟をせぬうちに、だまし打ちに惜しき一命を果すと同様である。」と画工は感じます。本人が気付かぬうちに死んでしまうような死ではなく、宿命を見定め、得心、断念して死ぬべき、だそうです。
「画工として生きていく覚悟」を決められない彼にしては、勇敢な死生観をお持ちです。

『三四郎』10章、原口の家へ向かう三四郎は、子供の葬式を見かけます。白い布で巻かれ、奇麗な風車を結い付けた、小さな棺が通り過ぎるのを見送る彼は、それを「美しいとむらいだ」と思います。「悲しい筈のところを、快く眺めて美しく感じた」と、美的な情操を感じるのです。
 けれど「生きている美禰子に対しては、美しい享楽の底に、一種の苦悶がある。」と、彼が苦しむのは、心理的に距離を置いて彼女を眺めるという事が、どうしてもできないからです。

ハムレット

『草枕』5章と11章 オフェリヤ鎮魂のために『ハムレット』のパロディを那美さんが演じています。

『三四郎』12章 文芸協会が催す演芸会で、実際に『ハムレット』が上演されます。三四郎が注目したのは、もちろん「尼寺へ行け」の場面です。役者の「尼寺へ行け」の言い方が悪いせいで、オフェリヤがちっとも気の毒に見えない、と指摘しています。たしかに、現代ではこの場面、オフィーリアを突き飛ばす恐ろしい勢いで演じられています。

戦争に行く男と嫁に行かない女

 趣味で絵を描く、という共通点を持っている『草枕』久一さんと『三四郎』よし子。
この二人の決断が物語の結末を決めました。 
那美の顔に「憐れ」が浮かんだのは、戦争に行く久一さんを見送る際、偶然に元夫の顔を見たことによって。美禰子が受けた縁談は、よし子が断ったために回って来たものでした。

繰り返し表現

『草枕』「3」に拘っています。「智・情・意」が主題ですから。
「三本寄って始めて趣のある松」だとか、「仰数あおぎかぞう 春星しゅんせい 一二三」だとか、あちこちに「3」が出てきます。繰り返し表現も、3回のものが四か所ありますが、妙に気になるのがこの二つ。

  • 「驚ろいた、驚ろいた、驚ろいたでしょう」ー9章
  • 「すぐ消えた。すぐ消えた、すぐ消えたと、余は心のうちで繰り返す。」ー10章

これはおそらく、対になっていますよ。全裸で風呂場に現れて画工を驚かせ、すぐに消え去った那美さんの事として読むと、面白いでしょう。

『三四郎』「2」に拘っています。「矛盾」が主題ですから。
 ちょっと奇妙なのが

  • 同じに見えて別な、よし子の看護婦と、美禰子と池に居た看護婦
  • 実は同一人物の、よし子と美禰子の縁談相手

二遍の繰り返しが多く、全く同じ言葉を2回繰り返す場面が、何度もあります。

  • 「死に至るまでのっぺらぽうなるかな。死に至るまでのっぺらぽうなるかな」ー3章
  • 「人魚」「人魚」ー4章
  • 「あれならい、あれならい」ー 10章
  • 「風邪だろう」「風邪だろう」ー12章
  • ただ口の内で、迷羊、迷羊と繰返した。ー13章

そしてこちらにも、対みたいなものが有ります。

  • この時広田先生は「知ってる、知ってる」と二へん繰り返して言ったので、与次郎は妙な顔をしている。ー4章
  • すると与次郎が大きな声で笑いだした。静かな夜の中でたいへん高く聞こえる。
    知りもしないくせに。知りもしないくせに」ー6章

なんでも知ってる広田先生ですが、
「ラッヴをした事がないものに女が分かるものか」と与次郎にからかわれているみたいでしょう。

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