解説>男は、もう一度恋をしたいと誓い、女は、もう二度と恋をしないと誓う。ニューヨークの小さなレストランで芽生えた小さな恋。忘れられない心の傷に月の光が優しく降りそそぐ。アル・パチーノ×ミシェル・ファイファー。せつない大人の恋愛映画。
登場人物
ジョニー(アル・パチーノ)
刑務所を出所し、もう一度人生をやり直すべく「アポロ・カフェ」コックとして働く。
フランキー(ミシェル・ファイファー)
過去の恋の深い傷跡を胸に、ひとり暮らす「アポロ・カフェ」で働くウェイトレス。
ニック(ヘクター・エリゾント)
「アポロ・カフェ」のオーナー、知事の推薦状でジョニーを雇い更生を支援する。
ティム(ネイサン・レイン)
フランキーの隣の部屋に住み、失恋からの立ち直りを応援する良き相談相手の友人。
コーラ(ケイト・ネリカン)
「アポロ・カフェ」で働くウェイトレス。自由気儘に男と恋愛する孤独な女性。
ネッダ(ジェーン・モリス)
「アポロ・カフェ」で働くウェイトレス。独り身で既に年老いてしまった女性。
あらすじ(ネタバレあり)
90年代のニューヨーク、ごみごみした街に、ラップのリズムが鳴り響き、騒々しく、危険でエキサイティングな人種の坩堝と化す大都会。ほんのつまらない罪状で前科者となったジョニーは、一度、離婚を経験している。もう一度、人生をやり直そうと希望に満ちて社会復帰する。「アポロ・カフェ」で、ウェイトレスをするフランキーは、何か不幸な過去がある様子で、男には近寄らずに一人で気ままに生活を送っている。そんな二人がめぐり会った。
アパートの窓から見える人々の暮らしを、カメラが捉え物語が始まります。
ジョニーは、刑期を終えて出所します。
更生先は、知事の紹介状で料理の腕前をかわれて「アポロ・カフェ」に働くことになりました。経営者のニックは、前科者のフランキーを快く迎え入れます。
仕事に復帰できたフランクは希望をもってコックとして再出発します。早速、ジョニーは、そこで働くウェイトレスのフランキーに一目惚れしてしまいデートに誘いますが、あえなく断られます。
フランキーは、仕事を終えまっすぐに家に戻り、部屋の明かりをつけ、顔を洗い、アパートから窓の外を眺めます。それぞれの窓の向こうに、それぞれの暮らしがあります。フランキーは、物憂げな表情です。
ある日 「アポロ・カフェ」の同僚で独り身だったヘレンが体調を崩し救急で運ばれてまもなく亡くなります。フランキーはコーラやネッダと共に葬儀に参列し、自分も孤独に年老いて、このように終わるのかとふと寂しく考えてしまいます。
そこに、ジョニーも参列に現れ、面識のないヘレンの死に涙しています。
フランキーは、もう二度と恋はしないと決めています。アパートの友人のティムは、ボーイフレンドを紹介しようとしますが、フランキーはそれを断りソファーで寝そべってビデオを鑑賞する日々を送っています。
ジョニーは、根っからの楽天主義でポジティブ思考の陽気な性格です。
「アポロ・カフェ」でフランキーと出会ってから何度も熱心にデートに誘うジョニーは、何としても自分の人生を愛する人ともう一度、立て直したいと考えていました。
ただただ前に進むジョニーと、なかなか前へ踏み出せないフランキー。
カフェの仲間がシナリオライターとして認められ、お別れパーティが開かれることになります。ジョニーは、フランキーをエスコートしてパーティに連れ立ち初めてのデートが叶います。
気さくでさっぱりしたフランキーと教養ある物知りを自慢するジョニー。ここでの二人と友人ティムの間で繰り広げられる素敵な会話の数々をご紹介します。
フランキーの部屋を始めて訪問したジョニーは、彼女が外出する準備をするのを待つ間に、ティムから彼女の象の収集の趣味を聞く場面になります。
・ティムが、フランキーの一人きりの日々を憂いながら、彼女の象の置物収拾の趣味について “上向きの鼻の象は幸運を呼ぶというのに・・・” と指さしながら話すと、
・ジョニーは、“象の鼻が窓に向いてないと悪運を呼ぶんだよ”と返します。すると、
・ティムが、“道理でだからかぁ・・・”とフランキーの境遇をますます嘆きます。
部屋に訪れ、呼び鈴を鳴らすジョニーの猛烈なアタックに、困惑して焦るフランキーが、友人のティムに助けを求めながら彼をどう思うかと感想を聞く場面で、
・フランキーが、“ジョニーのことをどう思うか”とティムに尋ねると、
・ティムは、“とてもナイスだが殺人犯かもしれない”とフランキーの緊張をほぐすシーン。
花市場を訪れ、花と語らうことが好きで、それを誰にも秘密にしているというジョニー。相手の気持ちも構わず、ただ一方的に愛を求めようとする姿に、
・ジョニーが、真剣な眼差しでフランキーを見つめると、
・フランキーが、“その食い入るような目つきよ、やめて”と戸惑うシーン。
ふたりの語らいのシーンをカメラがズームバックし、生花店のガレージが上がると、一面の花をバックに、フランキーとジョニーのツーショットになる。この映画の中で、鮮やかな色彩に包まれた印象的で美しいシーンです。
少し距離をおきながら、ゆっくりお互いを確認し付き合っていきたいフランキーに、
・ジョニーは、無神経に “家族が欲しい、子供が欲しい” と土足でフランキーの心に入ってくると、
・フランキーは、“私は産めないのよ、やたらに恋なんかしないでよ” とキレる。
それでもめげずに電話攻勢をかけるジョニーに対して、恋に臆病で過去に悩み苦しむフランキーは電話に出ない。そんなフランキーの気持ちを友人ティムが代弁するシーン。
・ティムは、“電話を切るよ、だってきみからの電話がかかってくるから” と告げ、
・ジョニーは、受話器の向こうで、なぜか明るく歌っている。
機嫌を直してもらおうとジョニーは、持ち前のコックの腕前で、じゃがいもを飾り切りして赤いシロップにつけ “キッチンで咲くバラ” を作ります。
するとレストランの主人ニックは、ポテトのバラが、ロマンチックかとあきれます。
まさにジョニーが押して押して押しまくるという、今の時代なら無神経極まりないようなアプローチなのですが、そこはアル・パチーノの演技です。素敵な会話を楽しむだけで、何だかこちらも半分引きながらも、楽しい気分になれます。
根っこは、前科者でバツいちの中年男性と、暴力に心を病んだ中年に近づく女性のハードルの高い恋愛テーマだけど、演技上手の二人ゆえに、恋に怯える女性へ、その心を開く男の向こう見ずな勇気として演じてくれます。
アル・パチーノとミシェル・ファイファーの演技ゆえに、お互いの事情と言う難しさを乗り越えていく大人のラブロマンスになっています。
この部屋の中にこそ、二人が望んでいるものがあるんだ。
そしてクライマックスが訪れます。
部屋で語り合う二人に、深夜のラジオから心和ませるピアノ曲が流れています。
この恋しかないと猛烈に求愛するジョニーに、フランキーは誰かに守ってほしいと自分の本心を話し、なぜ、避けたい話題ばかりをするのかと苦しんでいます。
恋に傷ついたフランキーに対して、懸命にその記憶を乗り越えることを促すジョニーですが、愚直で直線的で一方的なジョニーの求愛は、深く傷ついているフランキーには、ついには届きませんでした。
執拗に言葉を重ねていくジョニーの説得は、フランキーの神経をいらだたせるばかりでした。正しい理屈だけで恋を正当化するジョニーに、フランキーは疲れます。そして、ジョニーの言葉は、無学なフランキーを傷つけてしまいます。
そして無神経なジョニーを、フランキーは罵倒してしまいます。
ジョニーは、深夜のラジオ局に電話をかけ、リクエストを受け付けないことを承知の上で、ディスクジョッキーにアンコールをお願いします。それはつい先ほど流れていた心を和ませてくれたピアノ曲 。曲名は “月の光 (Clair de lune)”でした。
ジョニーは、「この部屋に求める全てがあるのに」とせつなく呟きます。
ゆっくりと、バスルームからでてくるフランキー。
フランキーは、ついに深い傷となった過去を明かします。子供を妊娠したが、相手の男のひどい暴力で流産して子供が生めなくなった記憶を忘れられないのです。
その出来事以来、男の人を愛することが怖くて、どうしても恋ができないと言います。フランキーは涙を流しながら、どうしても取り戻すことができない自分の苦しさを話し続けます。
「独りになることが怖く、独りになれないことも怖い。自分がこれでいいのか、これからどうなるのか。すべてに怖がっていることに、疲れてしまった」と。
ジョニーは、精一杯、思いを込めて語ります。
「俺には不幸を防ぐことはできないけれど、これからはそういう時には、俺がそばにいると。」
それでもフランキーの深く閉ざされた心は、開かれることはありませんでした。ジョニーは、諦めます。そこにディスクジョッキーのはからいでもう一度、その曲が流れはじめます。
クロード・ドビュッシー “月の光”。それはニューヨークの夜のしじまに降りそそがれる、優しいピアノの調べでした。
服を着て、部屋を出ていこうとするジョニーの横で、閉じこもった化粧室の中から、ゆっくりと扉を開けて出てくるフランキー。
「どんなことがあっても、あるがままの私を受け入れてくれるか」と訊ねるフランキーに、頷くジョニーに対して、年齢の嘘をついたフランキーがチャーミングに実年齢を告げます。
夜が明けて清々しい朝が、ニューヨークの街に訪れます。窓の向こうに見える家々にもそれぞれの朝が始まりました。
