映画『恋のためらい/フランキーとジョニー』|月の光が、二人に降り注ぐ。

男はもう一度、恋をしたいと誓い、女はもう二度と、恋をしないと誓う。ニューヨークの小さなレストランで芽生えそうな小さな恋。忘れられない心の傷に月の光が優しく降り注ぐ。過去から立ち直ろうとする、せつない大人の恋愛映画。

解説

男はもう一度、恋をしたいと誓い、女はもう二度と、恋をしないと誓う。

人生をもう一度、やり直したいと急ぐ男と、新たな人生に踏みだすことに臆病な女、二人は出会い何かが変わろうとします。

忘れられない心の傷を、月の光が降り注ぎ優しく心を癒す。まさに原題は『月の光の中のフランキーとジョニー』 小さなレストランに芽生えた、心温まる恋の物語のあらすじを追い解説していきます。

90年代、ごみごみした街にラップのリズムが鳴り響き、騒々しく危険でエキサイティングな人種の坩堝るつぼ、ニューヨーク。

ほんのつまらない罪状で前科者となったジョニーは、離婚を経験している。もう一度、人生をやり直そうと希望に満ちて出所し社会復帰する。

ジョニーは、知事の紹介状で料理の腕前をかわれて「アポロ・カフェ」に働くことになります。

一方、「アポロ・カフェ」でウェイトレスをしているフランキーは、何故か、男には近寄らずに一人で気ままに生活を送っています。

そんな二人がめぐり会った。早速、ジョニーはフランキーをデートに誘いますが、あえなく断られます。

フランキーは仕事を終え、食事をテイクアウトして、家にまっすぐ帰り、部屋の明かりをつけ、顔を洗い、アパートから窓の外を眺めます。それぞれの窓に、それぞれの暮らしがあります。フランキーは、物憂げな様子です。

都会のなかの孤独、アパートと職場の往復、人付き合いを意識的に避けるフランキーにとって、唯一「一人の部屋」だけがくつろげる場所です。

カフェの仲間で独り身のヘレンが亡くなります。フランキーはコーラやネッダと共に葬儀に参列し、自分も孤独に老いて、このように終わるのかとふと寂しく思います。

そこにジョニーも現れ、面識のないヘレンの死に涙します。

フランキーは、もう二度と恋はしないと決めています。友人のティムは、ボーイフレンドを紹介しようとしますが、断り、ソファーで寝そべってビデオを鑑賞する日々を楽しみます。

ジョニーは、根っからの楽天主義でポジティブ思考の陽気な性格です。

フランキーを何度も熱心にデートに誘うジョニーは、何としても自分の人生を愛する人と立て直したいと考えています。

気さくでさっぱりしたフランキーと、教養ある物知りを自慢するジョニー。

カフェの仲間がシナリオライターとして認められ、お別れパーティが開かれます。ジョニーは、フランキーをエスコートしてパーティに連れ立つ機会を得て、初めてのデートが叶い部屋を訪ねます。

隣人のティムは一人ぽっちのフランキーを心配し「上向きの鼻の象は運を呼ぶのに」とこぼすと、ジョニーは「窓に向いてないと悪運を呼ぶんだよ」と返します。するとティムが「だからかぁ」とフランキーの境遇を嘆きます。

ジョニーは、フランキーと花市場を訪れます。花と語らうことが好きで、誰にも秘密にしていると打ち明け真剣な眼差しで見つめると、フランキーは「その食い入るような目つきよ、やめて」と戸惑います。

ふたりの語らいのシーンをカメラがズームバックし、生花市場のガレージが上がると、一面の花をバックに、ツーショット。この映画の中で、鮮やかな色彩に包まれた印象的で美しいシーンです。

少し距離をおいて、ゆっくり付き合いたいフランキーに、ジョニーは無神経に「家族が欲しい、子供が欲しい」と土足で心に入っていき、フランキーは「私は産めないのよ、やたらに恋なんかしないでよ」とキレます。

それでもめげずに電話攻勢をかけるジョニーに、フランキーは電話に出ません。ティムは「電話を切るよ、だってきみからの・・・・・電話がかかってくるから」と告げ、ジョニーは受話器の向こうでなぜか明るく歌っています。

機嫌を直してもらおうとジョニーは、持ち前のコックの腕前で、じゃがいもを飾り切りして、赤いシロップにつけ<キッチンで咲くバラ>を作ります。レストランの主人ニックは「ポテトのバラが、ロマンチックか?」とあきれます。

ジョニーはかなり無神経だけれど、不屈で懸命に押しまくります。

実体は、<前科者でバツいちの中年男性><心を病んだ中年に近づく女性>のハードルの高い恋愛だけど、恋が芽生えそうな二人から目が離せません。

この部屋の中にこそ、二人が望んでいるものがあるんだ。

そしてクライマックスが訪れます。何とか辿り着いたフランキーの部屋。

語り合う二人に、深夜のラジオから心和むピアノ曲が流れています。

この恋しかないと猛烈に求愛するジョニーに、フランキーは誰かに守ってほしいと自分の本心を話し、なぜ、避けたい話題ばかりをするのかと苦しみます。

恋に傷ついたフランキーに対して、懸命にその記憶を乗り越えることを促すジョニー。

愚直で一方的なジョニーの求愛は、深く傷ついているフランキーには、ついに届きませんでした。

執拗に言葉を重ねるジョニーの説得は、フランキーの神経をいらだたせるばかりです。

正しい理屈だけで恋を正当化するジョニーに、フランキーは疲れます。そして、ジョニーの言葉は無学なフランキーを傷つけてしまいます。

そして無神経なジョニーを、フランキーは罵倒してしまいます。

ジョニーは深夜のラジオ局に電話をかけ、リクエストを受けつけないことを承知の上で、ディスクジョッキーにアンコールをお願いします。

先ほど流れていた心をなごませてくれたピアノ曲は “月の光 (Clair de lune)” と題名でした。

ジョニーは、「この部屋に求める全てがあるのに」とせつなく呟きます。

フランキーは、ついに深い傷となった過去を明かします。子供を妊娠したが、相手の男のひどい暴力で流産して子供が生めなくなった記憶を忘れられないのです。

「独りになることが怖く、独りになれないことも怖い。自分がこれでいいのか、これからどうなるのか。すべてに怖がっていることに、疲れてしまった」と。

ジョニーは、精一杯、思いを込めて語ります。

「俺には不幸を防ぐことはできないけれど、これからはそういう時には、俺がそばにいると」

それでもフランキーの深く閉ざされた心は、開かれることはありませんでした。

ジョニーは、諦めます。そこにディスクジョッキーのはからいでもう一度、その曲が流れはじめます。

服を着て部屋を出ていこうとするジョニー、閉じこもった化粧室の中からゆっくりと扉を開けて出てくるフランキー。

ドビュッシーの優しくせつないピアノ曲「月の光」が、心の扉を開く。

傷心のフランキーに、無神経なジョニーの猛進ぶりは、ストーカーかつセクハラで完全にNGですね。本来であれば、相手の気持ちを思いながらゆっくりと二人の関係を育んでていく必要があります。が、この “誠実な強い押し”が妙味です。

もしかしたら、恋に深く傷ついた女性に、もう一度、恋する生命いのちを蘇らせるためには、ジョニーのように、諦めずに自分を曝け出して猛進する情熱も、ひとつのかたちなのかもしれません。

そしてこの不器用な恋を成就させたきっかけは、ラジオからのドビュッシーのピアノ曲 “月の光”です。この曲が流れてくるとき、フランキーはバスルームの中にいました。

この曲が、流れなかったら恋は破局に終わったことでしょう。

それはニューヨークの夜の静寂しじまに流れる、優しいピアノの調べでした。

孤独に佇む大都会の真夜中に、月の光が二人の部屋に静かに降り注ぎます。

フランキーは決してジョニーが嫌いなのではなく、勇気がないのです。少しだけ自分を冷静な場に置きたかったのです。

この静かなピアノ曲が流れてきたときに、せつない心に、優しい月の光がさしこみます。

フランキーは、もう一度だけ、恋を信じようと決心して化粧室のドアを開けます。

閉ざされた心が開かれ、やがて夜が明けて、清々すがすがしい光が街に射しこめます。

二人が寄り添う窓際に、鳥のさえずりが聞こえます。今日もまた朝が始まります。

それぞれの朝が始まりました。カメラは、家々の窓が眠りから目覚めようとする光景を捉えていきます。

コーラは、行きずりの男と寂しさを紛らわせる朝を迎え、ネッダは一人の寂しい朝を迎え、ニックは大家族に囲まれた朝を迎え、ティムは男友達と添い寝する朝を迎えます。

窓辺に腰掛けたフランキーの  “無条件に私を受け入れる?” との質問に、うなずくジョニー。フランキーは、ほんとうは36歳だとあっさりと告げます。

カメラは、フランキーとジョニーの二人の部屋を横に移動し、天井から見下ろすアングルから、窓を映すシーンで固定します。あっ、今度は象の鼻も窓の方を向いています。

傷ついたフランキーの心は、ジョニーの情熱で蘇りました。恋をためらった分だけ、二人にはお互いを思いやりながらたくさんの幸せを掴んでほしいですね。

映画「恋のためらい」は、小品ながら心がほっこりとなごむ作品です。