映画『キング・オブ・コメディ』|どん底で終わるより、一夜限りの王となる。

一夜だけでもコメディ王になる。妄想癖に取りつかれたルパートが計画した誘拐と代役でのテレビショーの出演。幻想と現実の境が分からなくなるサイコパスの精神の病理をロバート・デ・ニーロが淡々と不気味な演技で迫る、孤独な悲喜劇。

解説

売れない芸人の犯罪、その妄想と現実、そして結末の行方。

2019年に大ヒットした映画『ジョーカー』の原型と言われている。名優ロバート・デ・ニーロが、『ジョーカー』では有名なコメディアンのマレー・フランクリンを演じているが、『キング・オブ・コメディ』ではコメディアン志望の34歳の男ルパート・パプキンを演じる。

プロットは似ており、あらすじを追いながら主題を解説します。

ルパートの強いスター願望の感情は、最初は有名なコメディアンのジェリー・ラングフォードへの師事や猛烈なアプローチから始まった。ジェリーは番組が終了すると、楽屋口から急いで車に乗り込む。狂信的なファンのマーシャが車内に待ち構え、抱きつく。

怪我をしたジェリーに、ルパードはハンカチを差し出し才能を売り込む。熱弁するルパードに、ジェリーは「きみは才能がある、事務所に連絡してくれ、秘書のキャシーに時間をアレンジさせる」と体よく社交辞令を言って別れる。

都合よく解釈する妄想癖の強いルパートは、“ジェリーが、自身の才能を高く評価し、学びたいので昼食を一緒にしたい”と言われているところを妄想しながら会話を弾ませている。

ある日、ルパートは高校時代から憧れていたリタの働くバーを訪れデートに誘う。食事をしながらルパートは、コレクションしている有名スターたちのサインブックをリタに見せながら、最初にある自筆のサインのページをリタに贈る。

自分はジェリーの後押しで新しい“コメディの王”になると語る。やがて“ルパート・パプキンショー”を全国ネットの番組に持つという。ルパートはリタを愛していると言い、週末にはジェリーの別荘へ一緒に行こうと誘う。

家ではテレビのインタビューセットを真似て作り、ライザミネリとジェリーの等身大のパネルの間に、自分が入ってジョークを飛ばして一人芝居をしている。

その後、ルパートはジェリーの事務所に何度となく電話するが繋いでもらえない。しびれを切らして、直接、事務所を訪問する。

秘書のキャシーが応対する。ルパートは、デモテープを持参すると約束する。

事務所前にマーシャが待ち受けており、ジェリーに手紙を渡してという。狂信的なマーシャと妄想癖のルパートは目的は異なるが、ジェリーを熱狂的に追いかける異常な病理をもつ二人だった。

ルパートは、自宅でデモテープの制作に取り組む。“新しいコメディ王”として、観客の写真を壁いっぱいに拡大してコメディを披露している。ルパートの妄想はどこまでも続く。今度は “ジェリーがルパードの才能に驚き、その秘密を勉強させてもらうために週末に別荘に招く”というものだった。

ルパートはキャシーとの約束の時間にオフィスを訪問する。受付でつないでもらうが、この一瞬の待ち時間でも妄想は膨らんでいく。

その内容は、“テレビショーに出演したコメディ王のルパートは、高校の恩師と再会し、さらに、リタと結婚式をあげる。学生のころの彼の才能を見抜けなかった校長が謝りながら二人を祝福するというもの” ルパードの妄想は、とどまるところを知らずその自己愛は、ますます肥大していく。

不出来なデモテープの結果を、キャシーはルパートの自尊心を傷つけないように話す。

いくつかの高評価を織り交ぜながらもテレビ出演はありえず、もっと現場を踏んで実力を磨くようにアドバイスした。ルパートはキャシーの意見には満足できず、直接、ジェリーと会うことを望み抵抗するが、警備員につまみ出されてしまう。

異常な妄想は止むことは無く、ルパートはリタを同伴してジェリーの別荘を訪れる。使用人の制止を降りきり中に入り、招待客だと語り部屋の調度など観察する。不審に思うリタだが、ルパートはお構いなし。使用人の報告を受けてゴルフから戻ったジェリーは嫌悪する。

ルパートは「テープを聞いてほしい」とくいさがる。

激昂したジェリーは、出会った日に「連絡しろ」と言ったのは、追い払う口実だと言い放つ。ルパートは「もう誰も頼らない」と言い残して去っていった。

裏切られたルパートはジェリーを誘拐し、代わりにテレビに出る。

ルパートはマーシャと組んで、ジェリーを誘拐し監禁する。

デモテープが無視され妄想だけがつのり、ついにジェリーを誘拐し、彼のショーの代役をつとめ新しいコメディ王になるという暴挙に出る。

ルパードの狙いは、ジェリーがいないテレビショーに自身が代役で出演する事だった。そして期待の新星とのふれこみで世間の注目と喝采を集めたかった。マーシャの狙いは、ジェリーと二人きりになることで語らい甘い時間を過ごすことだった。

ふたりの利害が一致していた。ルパードは、ジェリーからプロデューサーのバードに電話させ、今夜の番組のゲストはルパードにするように指示させる。

ルパートはジェリーが約束を守らず、テープを聞かず、自尊心を傷つけられたことを恨んだ。ジェリーは冷静を装いルパートに謝罪し、このことは告訴しないと約束する。

しかしルパートは、ジェリーをテープで何重にも縛り付け身動きできないようにして、マーシャを監視につけて収録撮影現場に向かう。バードは7時に番組を録画し11時半の放送までにジェリーを救出するようにした。

スタジオには、すでにFBIもニューヨーク警察も待機していた。中に入ったルパートは取り調べを受け、自分が誘拐の犯人であることを認める。しかしジュリーの居場所は明かすことを条件に収録は予定通りに行われる。

マーシャはジェリーに狂気を漂わせながら愛を告白し、下着姿になりせまっていく。

隙を捉え、ジェリーはマーシャを振り切って外へ脱出する。

一夜限りのキング・オブ・コメディ、ルパートは満足して捕まった。

ルパートは放送が終わったらジェリーの居場所を教え解放するとFBIに約束する。

収録を終えたルパードは、FBIを帯同してリタの酒場へ向かう。11:30にジェリーのショーが始まる。そこには代役としてルパートの軽妙なコメディアが繰り広げられていた。FBIはリタに「友達か」と訊ねる、リタは「迷惑な友達よ」と答える。

ルパートは、自分が温めていたこの日のためのネタを絶妙の喋りで披露する。

代役として紹介された新人ルパートは、絶妙の話と誘拐の事実までネタにして聴衆とブラウン管の前の人々を沸かす。観衆は、新しいコメディアンの誕生を支持し、大いに沸き立つ。

自分の貧しい生まれや育った環境をネタに揚々と話すルパートは、ジェリーがこの場にいないのは自分が縛っているからだと話し、爆笑を買う。

そして“ドン底で終わるより一夜の王になりたい”と話す。ルパートは満足し、やがて収監される。

テレビショーを8700万人の人が見て喝采を送った。誘拐犯として懲役6年の判決が言い渡され収監が決まったルパードだが、懲役中に出版された自伝は大ヒット。2年9カ月目で仮出所したルパードには、数百人のファンが群がり37歳の彼を迎えた。

再びテレビショーに出演する。キング・オブ・コメディのルパードは大満悦だった。

精神病理としての『ジョーカー』『タクシードライバー』との比較。

やはり『ジョーカー』との違いが気になります。アーサーが闇深い孤独の絶望の淵から、悲劇を喜劇として、変態(=metamorphosis)して悪となる物語です。

一方『キング・オブ・コメディ』は、病的な妄想癖ですが、自己を演じサクセスを掴むというアメリカ自体が持っている夢や陶酔や熱狂が、まだ基底にあるようです。

もちろんサイコパスなルパートは異常な人間ですが、懲役中に書いた自伝がヒットし、服役中に芸を磨き、出所後は芸能界に復帰したという後日談で締めくくられ、ある種のブラック・ユーモア・コメディとして消化されます。

相棒の狂気じみたストーカー女性マーシャとパートナーを組む設定も、同じサイコ仲間であって、ルパートは孤独ではありません。そして二人で誘拐するという共同犯罪を行いジェリー・ラングフォードのプログラムに出演し、マーシャはジェリーを独り占めにするという利害の一致が前提です。

もう一つ興味深いのは、あのデモテープの中身も同じネタ(=ジェリーの誘拐前提)だったのでしょうか。きっとそうなのかもしれません。

何より「ドン底で終わるより一夜の王になりたい」は、ルパートのコメディと言う喜劇の世界の物語であり、アーサーの到達した悲劇を喜劇に変える世界とは異質です。

もうひとつ『ジョーカー』の原型に『タクシードライバー』が上げられます。

犯罪に到達する点は同じですが、トラヴィスは統合失調症に近く、いつ爆発してキレてしまうのかと息を飲む。ルパートはコメディアンそのものがペルソナを被る人種だが平静を失わず、ユーモアを交えながら会話をしていき、妄想癖の方が強い。

その意味では売春宿の惨劇に至った“タクシードライバーのトラヴィス”とは対照的です。ただしトラヴィスがベトナム帰還兵で不眠症であるのに対して、ルパートはつねに妄想でハイな状態です。

スコセッシ監督は「トラヴィスもルパートも社会から孤立しているが、ルパートの方が危険」と言います。

マーシャを演じたサンドラ・バーンハードも犯罪まで達する強烈なファンの心理、独占欲求が昂じて関係まで求めるような承認欲求に及びます。裕福で豪華な暮らしぶりなのに精神科医にかかっている。彼女もサイコパスですが、過剰さがストーカーや刃物沙汰の犯罪まで及ぶことも珍しくありません。

アメリカンドリームの美名のもと、挑戦する人々の陰の部分をテーマに『キング・オブ・コメディ』と題し、狂気のエネルギーを抱擁する姿を、ニューヨーク派のマーティン・スコセッシ監督が描きます。