映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』あらすじと解説/ここが見どころ!

概要>人生はチョコレートの箱、開けてみるまでは分からない。誠実さと足の速さはだれにも負けない知能指数75のフォレストは、ひたむきに生き、好奇心と強運で次々に人生が展開する。アメリカ現代史も楽しみながら、心で見て心で感じることの大切さを教えてくれます。

登場人物

フォレスト・ガンプ(トム・ハンクス)
IQ75と知能指数は低いが、好奇心を持ち自分の人生を拓いていく主人公。
ミセス・ガンプ(サリー・フィールド)
フォレストを愛し、自分の人生は、自分で切り拓くように教えてくれたママ。
ジェニー・カラン(ロビン・ライト)
フォレストの愛を感じながらも、正反対の道を歩んでいくが最後は結ばれる。
バッバ・ブルー(ミケルティ・ウィリアムソン)
ベトナムでの戦友で、二人でエビ漁をやろうと誓い合ったが戦死してしまう。
ダン・テイラー(ゲイリー・シニーズ)
ベトナムでの上官で、両脚を失うがフォレストのおかげで生きる意味を取り戻す。
フォレストJr.(ハーレイ・ジョエル・オスメント)
ジェーンと一夜をともにしてできた息子で、障害はなく利口で一緒に暮らす。

あらすじ(ネタバレあり)

小さな羽が一片、フォレストの足もとにゆっくりと舞い落ちてきます。彼はそっと羽をつかみ、カバンを開けて本の間にはさみ大切にしまいます。

“人生はチョコレートの箱みたい、食べるまで中身は分からない” 

ママからそう教わったフォレストはバスを待つ間、ベンチに腰掛ける隣の人々に自分の半生を回想していきます。

少し知能が低いフォレストですが、ママは普通の学校に入れます。

ママは、南北戦争の英雄ネーサン・フォレストの名にちなんで名前を付けました。血がつながっているといいますが、彼は後にKKKというクラブをつくった人で、これが“フォレスト・ガンプ”の名前の由来ということでした。

フォレストの最初の靴は、魔法の靴でした。

フォレストは、アラバマ州グリーンボウルに住んでいました。父は家を出ていったきりで、家族は、フォレストとママの二人。背骨が曲がってうまく歩けないフォレストは、両足に矯正器具をつけてもらいます。フォレストは知能指数(IQ)が75しかなく、学校の先生は、彼を養護学校に入れることを薦めますが、母親は、普通の子供と同じように育てたいと主張し公立小学校に入れます。

家はずっと昔から住んでいる大きな屋敷で、使わない部屋が多くあり、旅人たちを泊めて生計をたてています。時には部屋が旅人で満杯になることもありました。

ある日、フォレストは、旅人でギターを弾く若い男のリズムに合わせて、体を動かし、腰を振ってノリノリで踊ります。その後、ママと買い物に行った帰り道で街頭のテレビで、その男が、フォレストのからだのふりを真似しながら踊り歌っているのを見ました。それは、後にキングと言われた“エルヴィス・プレスリー”でした、その後、彼は歌いすぎで心臓マヒを起こしたとか。

はじめて学校に行く初日、スクールバスに乗って挨拶をするフォレストですが、誰もが冷たい態度です。そのなかで唯一、バスの席を空けてくれた美しい女の子と出会います。彼女の名前はジェニー・カラン、フォレストにとって天使でした。ママ以外の人で話してくれたのは、彼女が始めてで、その日から二人は、豆と人参のようにいつも一緒でした。

家の近くの大きな木で、木登りを教わり、ぶら下がる事を教え、読み方を教わり、ブランコを教えて。ただ座って星を待つ日もありました。ジェニーは何故か、家に帰るのを嫌がりますが、彼女はフォレストのたった一人の特別な友達でした。

フォレストの魔法の靴は、だれよりも早い足に変えてくれました。

ママは “奇跡は起こる”と言いましたが、ほんとうに奇跡が起こります。

ある日、フォレストは、いじめっ子たちに石を投げつけられて、追い回されます。ジェニーは「逃げて」とフォレストに言います。フォレストは、ジェニーの言う通り不自由な足で逃げだします、捕まりそうになりながらも必死で逃げていると、なんと両足の矯正器具が外れて、思いのままに自由に走れるようになりました。そしてさらに早く、風のように走れるようになりました。

ママは “神様の働きは不思議だ”と言います。

それから父親に性的虐待を受けていたジェニーを、フォレストは手をとって草原に隠れ、鳥になって父親から逃げだすことを一緒に祈ります、やがて鳥ではなく警察がやってきて父親は逮捕されジェニーは親戚のおばあさんに引き取られます。その家は、フォレストの家の近くで、夜になると時々ジェニーは家を抜け出して遊びにやってきました。

こうしてフォレストとジェニーは高校生になっても仲良しでした。フォレストは、高校でもいじめられっ子に石を投げられ車で追い回されて懸命に逃げていくうちに、アメリカンフットボールの試合中のグランドに紛れ込み、足の速さかわれてアラバマ大学へスポーツ推薦で入学することになりました。さっそく、フットボールチームでは、フォレストは俊足をいかして大活躍をします。

ケネディ大統領に会い、そしてべトナム戦争に志願し出征する。

ジェニーは女子大に進みます。「大人になったらなにになる?」と聞くジェニーに、フォレストは「ぼくは僕だ」と言います。ジェニーは「ジョーンバエズのような有名な歌手になりたい」と言います。

フォレストは、アメリカンフットボールの試合に連勝し全米代表チームに入り、ケネディ大統領に会い、記念撮影もします。その若き大統領が銃で撃たれ、数年後に弟もホテルのキッチンで撃たれます。

フォレストは、アラバマ大学の卒業式の日に軍隊にスカウトされ入隊を決意。志願者が乗り込むバスの中で、自己紹介をするフォレストですが、ここでも誰もフォレストを隣に座らせませんでしたが、一人の黒人が席を空けてくれました。

名前は“ベンジャミン・バッバ・ブルー”、同じアラバマ州の出身で皆はバッバと呼んでいるといいます。

バッバの家はママもそのまたママも代々がエビ料理のレストランをしていて、バッバも兵役を終えたら、エビで暮らしを立てていくといいます。

フォレストは、新兵の訓練所では、命令に対して「はい」と答え、言われたことを疑わずにただ行う軍隊の規律がなぜかあっていました。それでも兵舎の夜は寂しく、時々、ママやジェニーのことを考えます。

ジェニーは雑誌プレイボーイの写真モデルがばれて大学を退学となり、メンフィスの劇場でストリッパーをやっていました。酔客がジェニーをからかい、フォレストは、ジェニーを守ろうと喧嘩になりました。フォレストはいつもジェニーを想いますが、ジェニーにはその優しさが余計な重荷になっています。

フォレストはべトナムへ出征することをジェニーに告げます。ジェニーは「何かあったら勇気など見せずに走って逃げること」をフォレスト約束させます。そしてフォレストはベトナムへ出征します。

戦場でフォレストは勇敢に戦い、親友のバッバを戦場で失くします。

ベトナム戦線に参加したフォレストは、小隊長のダン・テイラー中尉が率いる第4小隊に配属されます。ダンは、歴戦の勇者で頼りになる上官でした。戦地はメコンデルタ地区で、雨季の川を渡り進撃します。フォレストとバッバは相棒として助け合います。

バッバはフォレストに「俺とエビ商売を始めないか?」と誘います。バッバは経理のできる頭のいい男でした。フォレストは、戦地からジェニーに手紙を送ります、自分のことを書き、ジェニーのことを尋ねます。そして最後にはいつもおなじように“愛をこめてフォレスト・ガンプ”と綴りました。

ある日、雨季があけ、空がさっと晴れた日に突然、敵のすさまじい攻撃を受けます。小隊は大打撃を受け、ダン中尉は後退を命じます。フォレストは、ジェニーに誓った通り全力で走って後退します。ところが、バッバが心配で助けに戻る途中に、たくさんの負傷した仲間たちがいました。フォレストは戦友たちを探しては、ひとりひとり担ぎ上げ、無我夢中で自慢の俊足で川のほとりの安全な場所に避難させます。

負傷しながらも味方の総攻撃を要請していたダン小隊長も助け、かえしてバッハを救助に向かいますが、バッバは被弾してすでに致命傷を負い瀕死の状態でした。フォレストは、味方のナパーム弾による総攻撃の前を全力でバッハを背中に担いで走ります。

フォレストにとって、バッバはかけがえのない親友でした。バッバは、エビ採り船の船長になるはずだったのに「うちに帰りたい」と言い残してベトナムで死んでしまいます。

戦場の功績で大統領から栄誉勲章を授かり、ジェニーとも再開します。

戦いで尻に被弾したフォレストは、軍病院に送られ手当てを受けます。隣のベッドには両脚を失ったダン中尉がいました。ジェニーに出した手紙はすべて宛名不在で返送されていました。病院では、同じ負傷兵にピンポンを教わり、なぜがピンポンとの相性がよく、あっという間に上達します。

ある夜、ダン中尉は戦場の英雄として死ぬつもりだったのに、救助され両脚を失い生きていくことの辛さを、助け出してくれたフォレストになじりました。みじめで不自由な姿になってしまった自分に苦悩するダンは、翌日、帰国します。

フォレストも2週間後に帰国し、勇敢に戦い戦友を救助した功績でジョンソン大統領の叙勲式に出席し栄誉勲章を贈られます。

首都ワシントンを見物しているとベトナム反戦デモの行列に加えさせられます。そしてフォレストは反戦黒人解放組織のブランクパンサー党の仲間として集会で戦争の悲惨さを伝えるスピーチを依頼され、観衆の中にいたジェニーと再会します。ジェニーはUCLAの反戦委員長と付き合っていました。

首都の街を一晩中、フォレストはジェニーと歩き、想いを伝えますが、相反する立場のジェニーは「私たちの進む道は違う」と言います。それでもフォレストは「これをきみに」と大統領からも授かった勲章をジェニーに渡します。そしてジェニーは、フォレストの前から姿を消しました。

ピンポン外交に貢献しジョン・レノンと対談、ダンに再会し悲しみを知る。

テレビが、アポロの月面着陸をニュースで報じるころ、フォレストは、ベトナムには戻らず、特別奉仕隊に入りピンポンで負傷兵を慰問します。そして全米代表卓球チームとして中国への「ピンポン外交」を行います。

そしてアメリカに帰ったフォレストは、中国に行ったアメリカ人としてテレビショーに招かれてジョン・レノンとも対談します。ジョン・レノンは、その後、何の理由もないのに誰かに撃たれます。

偶然、ニューヨークで両脚を失ったベトナム時代のダン中尉と会います。ダンは脚がないのでもっぱら腕を強くする運動をしていました。フォレストは、クリスマスをダンと一緒に過ごします。そして大晦日の夜、賑やかなタイムズスクウェアでジェニーのことを思います。

新年を迎えた夜に部屋で愉快な二人の娼婦たちとハメを外すダンですが、娼婦がフォレストを蔑んだことで彼女たちを追い出します。人にはそれぞれ嫌いなことがある。ダン小隊長は“身障者”という言葉、僕は“バカ”という言葉。ダンは、フォレストに「新年おめでとう」と新しい年を祝います。

ニクソン大統領が、卓球チームをホワイトハウスに招待します。フォレストは、またアメリカ大統領と会います。フォレストは、ウオーターゲートビルの前のホテルに宿泊し、向かいのビルの怪しい出来事を警察に通報します。その後、ニクソン政権は倒れ、政権はジョンソンに引き継がれます。

バッバの遺志を継ぎ、バッバ・ガンプ・シュリンプ社を設立し事業をする。

やがてフォレストの軍隊生活は終わり、故郷のアラバマに帰ります。そして、すぐにフォレストはバッバとの約束を守るために、彼の家族に会いに行き、バッハの墓を参り遺志を継ぐことを報告します。そして、「バッバ・ガンプ・シュリンプ」を設立してエビ漁の事業に乗り出します。エビ採り船を購入しますが、なかなか思うように採れなく、漁師のアドバイスを受けてげんを担ぐために船に“ジェニー号”と名前をつけます。

そのころジェニーは、ヒッピーとなってマリファナに溺れていました。フォレストは、行方しらずのジェニーを想い続けます。

やがてダンもフォレストのエビ漁に加わります。ダンもフォレストと一緒にエビ漁に夢中になり、生まれ変わったように元気を取り戻しますが、それでも漁は、かんばしくありませんでした。

そこで毎日曜に教会に行き、フォレストは収穫を祈ります。それでもあいかわらず収穫はありませんでした。ある日、ハリケーン“カルメン”が海を襲います。沿岸に停泊したエビ漁の漁船は壊滅的な被害を受けますが、たった一隻、フォレストのジェニー号は嵐に耐えて無事でした。

それから大量続きに恵まれます。エビはシュリンプカクテルやバーベキューに必要でバッバ=ガンプ社のエビは売れに売れます。ダンは、フォレストに感謝し、それまで自らの不幸に神を信じなかったダンは、神と仲直りをしたようです。

最愛のママを亡くし、再会したジェニーもフォレストのもとを去ります。

ある日、フォレストにママが病気だと連絡が入り、急ぎ自宅へ戻ると、癌で死期が近いと知らされます。

ママは、フォレストに「死を怖がらないでね、生の一部なのだから」といい「自分の運命は自分で見つめるもの、神様の贈り物を生かして。人生はチョコレートの箱、食べるまで中身は分からない」と言い残して死んでいきます。

その後、ダンはエビ漁で稼いだ金をフルーツの会社(アップルコンピューター)に投資して“一生食う金に困らない”くらいの大金持ちになります。同時に、フォレストも投資で大金持ちになりますが、ママが良く言っていた“意味のないお金は無駄な金”の教えを守り、一部はごっそり教会へ、一部は漁師共済病院へ寄付をして、そしてバッバの取り分を彼の家族に渡します。

夜、ひとりになるとフォレストはジェニーを想います。

ある日、ジェニーが訪ねてきます。二人は昔のように“豆と人参”のように仲良くなります。ジョニーとのひとときは本当の家族のように幸せでした。フォレストはジェニーにプロポーズをします。ジェニーもフォレストを愛し二人はその夜、結ばれます。しかし、翌朝早くジェニーは、フォレストのもとを去っていきました。成功して大金持ちになったフォレストと、落ちぶれた日々を送るジェニー。二人の間はあまりに違いがありすぎることを彼女は思います。

ジェニーが去りしばらく放心状態だったフォレストは、なぜか走りたくなります。彼はジェニーから贈られたナイキのシューズを履いてアラバマ州を横断します。彼は、なんの理由もなく走り続けます。そしてカルフォルニア州まで走り、さらに走り続けます。走りながら、ママやバッバやダンのことを、そしてジェニーのことを想います。

こうしてアラバマ州の庭師のフォレスト・ガンプは2年間を走り続けアメリカ大陸を横断します。そしてさらに4回も大陸を横断。訳もなく走るフォレストの後ろをひとりまたひとりと人々が続いて、やがて大勢が彼と一緒に走ります。

ママは言った“過去を捨ててから、前へすすめ”と。フォレストは、結局3年と2か月と14日と16時間走り続けます。そして疲れてアラバマに戻ります。

バス停のベンチから駆けだし、ジェニーと再会し二人は結婚します。

レーガンの暗殺未遂が行われた日、ジェニーから手紙が届きます。そして、フォレストはジェニーに会いに行くためにバスを待ち続けていました。隣の老婦人から、目的地はバスに乗るほどの距離ではないことを知らされ、フォレストは、懸命に走ります。そしてジェニーの住むアパートに辿り着きます。

ジェニーはフォレストを歓迎し、今までのことを詫びます。ジェニーは子供と住んでいて、子供の名前はフォレストjr、父親がフォレストであることを打ち明けます。

「頭はどうなの?」と心配するフォレストに、「とても利口よ、学校で一番なの」と答えるジェニー。

ジェニーは「ウィルスの不治の感染病(HIV)にかかっている」と言います。フォレストは「グリーンボウルに一緒に住んで看病をする」と言います。そうして二人は、ついに結婚を誓い合います。結婚の祝いにダンもかけつけます。ダンはチタン合金で作った義足をつけていて、アジアの女性と結婚もして幸せそうでした。

フォレストはダンの足を「魔法の脚だ」といって祝福します。

ジェニーが死に、フォレストは人生に感謝し息子を育てる決意をします。

ジェニーの死期が近づきます。ジェニーはベトナムでのことをフォレストに尋ねます。

フォレストは「ベトナムの美しい星空、山や湖のこと」を話します。ジェニーが「一緒に見たかった」と残念そうに言うと、フォレストは「いつも一緒だった」と言います。

そしてジェニーは土曜の朝に死にました。フォレストは、小さなころ二人で上った木の下にジェニーの亡骸を埋めます。そして彼女の苦しい思い出となった家もブルドーザーで壊しました。悲しみに耐えて、フォレストは、息子の子育てをがんばっていることを墓前のジェニーに報告します。

フォレストは、人生には定めがあるのか、ただ風にのってさまよっているのか分からないけれど、多分、その両方なのだろう。両方が同時に起こっていると思います。

「欲しいものがあったらいつでも呼んでくれ」そう言い残してフォレストは、ジェニーの墓を去っていきます。そしてフォレストは、自分が初めて学校に行った時と同じように、息子がスクールバスに乗るのを見送ります。

その足元からは、一片の羽がゆっくりとどこまでも空に舞い上っていきます。

解説/ここが見どころ!

●アメリカの1950~1980年代の歴史を時系列で見ることのできるおもしろさ。

物語の中に登場する出来事を並べると、

ネイサン・ベッドフォード・フォレスト(生誕1821年7月13日/死没1877年10月29日<56歳没>)

南北戦争での南軍の中将、戦後は、秘密結社KKK(クー・クラックス・クラン)の創始者。KKKは白人至上主義の団体で、北方人種を至上として黒人やアジア、ヒスパニックの市民権に異を唱えた。

エルヴィス・プレスリー(生誕1935年1月8日/死没1977年8月16日<42歳没>)

世界史上最も売れたソロアーティスト、キングオブロックンロールと称された。1950年代には、若者をロックンロールによって熱狂させた。下半身を動かす歌い方は若者の人気を集めた。

ジョン・F・ケネディ(生誕1917年5月9日/死没1963年11月22日<46歳没>)

第35代アメリカ合衆国大統領。1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺。民主党候補として1961年に大統領就任。合衆国歴史上、最も若い大統領。在任中は、キューバ危機やベトナム情勢が悪化した。

ロバート・ケネディ(生誕1925年11月20日/死没1968年6月6日<42歳没>)

兄の任命により同政権の司法長官を務めた。1963年に兄が暗殺された後、上院議員になり68年に民主党の大統領候補指名選のキャンペーン中にアンバサダーホテルで暗殺される。

ブラックパンサー党

1960年代後半から1970年代にかけてアメリカで黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた急進的な政治組織。共産主義と民族主義を標榜し革命による黒人解放を提唱し武装蜂起を呼びかけた。

リンドン・ジョンソン(生誕1908年8月27日/死没1973年1月22日<64歳没>)

第36代アメリカ合衆国大統領。大きな政府による社会福祉や教育制度改革、人権擁護を推進。ベトナム戦争への軍事介入を拡大させ、国内に激しい反戦運動と世論の分裂をもたらした。

アポロ月面着陸

人類史上初の月面着陸はアポロ11号計画におけるアームストロングとエドウィン・オルドリンにより1969年7月20日午後4時17分に月面に着陸し21時間30分滞在した。

ピンポン外交

1971年の日本で行われた第31回世界卓球選手権に中華人民共和国が6年ぶりに参加し、その後、中国がアメリカなど欧米選手を自国に招き米中間を中心に一連の外交が行われた。

ジョンレノンの暗殺

ビートルズのリーダー、ジョンレノンは音楽活動、政治活動、平和主義活動で世界的な名声を得ていたが1980年12月8日ニューヨークで狂信的なファンによりダコタハウスにて殺害される。

ウォーターゲート事件

1972年にワシントンD.C.の民主党本部があるウォーターゲートビルで起きた盗聴侵入事件でニクソン共和党政権が関与したとして辞任に追い込まれる。

レーガン大統領暗殺未遂事件

1981年3月30日、ワシントンD.C.で第40代アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンが狙撃された事件。犯人は大学生で映画「タクシードライバー」を見て犯行に及ぶ、弾はレーガンの左胸部に命中した。

上記のオリジナル映像とフォレストの合成がうまくできていて楽しめる。

●人生はチョコレートの箱、開けてみるまでは分からない。

知能指数は、少し低いけれども好奇心が旺盛なフォレストは、人そのものを愛する。

フォレストは、素直に生き感じることができるから周囲と<区別>なく付き合うことができ、そして<差別>をする人を嫌い、暴力を嫌い、戦う。

それは怜悧な人間のように色メガネや損得でモノを見ないことであり、フォレストが知能指数と両脚の矯正器具というハンディを背負った人生だった故に、バッバの肌の色の違いや、ダンが両脚を失くしても敬意は変わらず、アジアの女性であっても気にならない。だからことさらにフォレストは反政府や人種差別を声高に叫ぶ理由を持たない。

人を大切に思い、受け入れて、そして精いっぱい努力をして、試練を乗り越えていく。そしてその誠実さはジェニーへの想いに一貫して現れます。フォレストは生涯に亘りジェニーを想い続けます。

彼女は、ママ以外に唯一、自分を優しく迎えてくれた女性。しかし幼少の時に性的虐待にあい、心に傷を負っています。そして自由や解放を胸に抱きながら反体制、反戦運動などを通じて薬物摂取などたびたびの人生の紆余曲折の中にあり、ひたすら前進していくフォレストの選択とは反対の立場にあっても常に見守り想い続けます。

そらにママの存在はフォレストの生き方の核になっています。普通の学校に入れることでいじめにあいますが、背骨が曲がりつけた矯正器具のおかげで、歩く努力、走る努力をして、そして魔法のように肉体的なハンディを超えて、誰よりも早く走れるようになります。

ママの教えである

“バカなことをする人が、バカなのよ”は、フォレストにとって、いじめや差別に対してくじけない強い心を植え付けてくれました。

“必要以上のお金は、見栄のためにある”は、エビ採集と投資で儲けたお金をバッバの家族と慈善団体に寄付することになります。

“過去は捨ててから、前へ進みなさい”は、まさに一期一会、出会いを大切にしながら誠意を尽くした後は、振り返らず前へ前へ進むことの大切さを教えてくれました。

“死を怖がらないで。生の一部なんだから。”は、生きて死ぬことの当然のことに動じないこと、そしてその連続の中で、愛する人は心の中に生き続けることを教わります。

知能の遅れは、まっすぐに物事を見ることになり、その純粋さと強運が幸せをはこび、一期一会でひとつひとつの運命が展開します。そして、ついにジェニーと結婚し子供を授かり、シングルファーザーとして育てていく決意をします、それはフォレストのママがシングルマザーとしてフォレストを育ててくれたことと同じように、できうる限りのことを精一杯努力しながら生きていく誓いでもあります。

アメリカの50~80年代までの歴史を織り込みながら、ハンディに負けずにまっすぐに生きるフォレストの強運の人生は、アメリカの現代史に重ね合わせた合成技術の特殊効果も加わり、早いテンポで小気味よく展開していきます。

今を懸命に生きることで、一期一会がめぐり明日が拓けて、未来が素晴らしいものになっていく、ほほえましく心安らぎ勇気づけられます。

ロバート・ゼメキス監督
映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』1994年公開のアメリカ映画
1995年 第67回アカデミー賞 作品賞、監督賞、脚色賞、主演男優賞、編集賞、視覚効果賞 受賞
トム・ハンクスの名演技で、ヒューマンタッチの心温まる物語です。

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