映画『ニューヨーク眺めのいい部屋売ります』|二人が過ごした時間こそ、確かな絆。

画家の夫アレックスと元教師の妻ルース。仲睦ましい二人が40年暮らす眺めのいい部屋だが、欠点はエレベーターが無い事。愛着のある街で老いてゆく二人が選んだ決断は?騒々しい世間の喧騒に惑わされない確かな時間と絆の素晴らしさを教えてくれます。

解説

慎重なアレックスと先進的なルース、二人は共に老いていきます。

溢れる情報のなか、時に不要な情報を貯め込み前のめりになる。そして大切なものを見失い、かまびすしさだけに心を奪われてしまう。そんな時に、この『ニューヨーク眺めのいい部屋売ります』(原題=5 Flights Up)を観ると、なんだか懐かしいものに浸った感じで落ち着けます。

アレックスとルースは、仲睦ましい夫婦です。それは頑固に本物を極めようとするアレックスの芸術家の性格と古い常識に捕らわれずに自由を求めるルースがお互いを認め合い育んだ時間でもあります。

二人は若い頃、この場所に引っ越してきました。アレックスにとって、このブルックリンのアトリエを兼ねた住まいは画家としての人生そのものです。そこに老いが訪れ、エレベーターの無い5階の部屋までの階段の昇り降りがしんどくなる。ルースはアレックスを心配します。

そんな時、年老いた愛犬ドローシーが椎間板ヘルニアになり、またテロ騒ぎでニュースが囃し立て、二人は「眺めのいい部屋」を自らの老いと売却のタイミングにどう対処するかという問題に直面します。

高齢化率は日本が世界一ですが、アメリカも同様です。そんな中で老いと人生を考えることをテーマにした映画です。夫婦が理解し労わりあいながら老いていく姿は、この上ない幸せではないでしょうか。あらすじを追いながら主題を解説してみます。

画家のアレックスは、愛犬のドローシーとブルックリンの街並みを散歩しています。

来た頃は田舎で、当時、貧乏画家のアレックスにとって、お金もなく丁度良かったのですが、40年経ち街はすっかり変わりました。おしゃれな人々が闊歩し、銀行マンがスマホ片手に株取引を行い、高価なベビーカーを押す若いお母さんも裕福そうです。

40年住み慣れた部屋を、ルースは売却しようと考えている。

アレックスの部屋は、売却のため明日の内覧の準備をしています。段取りはルースの姪で、やり手の不動産仲介業者のリリーが行っています。部屋は眺めが良く申し分ないのですが、階段がない。将来を心配して二人は、売却して新しい場所へ越そうかと話し合っています。

アレックスは慎重に、ルースは積極的に、話を進めようとする性格です。

「この数年で土地は随分と高騰している!」リリーは物件の価値を高めることが肝心だと説きます。

アレックスは乗る気がしません、ルースはアレックスの老いを心配しています。リリーは売れば100万ドルはカタイと豪語します。

「街は変わっていっても、一段とこの街への愛着は増している」アレックスは40年前を思い出します。若いアレックスとルースは幸せに満ちてこの街にやってきました。部屋はアレックスのアトリエで、窓からはブルックリン橋が一望できます。

アレックスは「やっぱり売るのをやめよう」とルースに言います。

ルースは「100万ドルで売ってNYのエレベーター付きのアトリエを探そう」と言います。

アレックスは思い出と決断の狭間で迷い、ルースは新しい一歩を踏み出そうとしています。

そんな時ドローシーの具合が悪くなり、マンハッタンの動物病院に連れていきます。ところがウィリアムズバーグ橋で立ち往生し、大変な渋滞になっています。市長は不要不急な外出を禁止します。

何とか病院に着き、医師に診てもらうと “椎間板ヘルニア” の疑いがあると言われます。ドローシーは10歳。CTスキャン費用が1000ドルと高額で、アレックスは迷いますが、ルースはドローシーを何としても治したい。

子供が産めないルースにとってドローシーは二人の子供同然でした。

手術の内容を聞き、蘇生処置拒否書も予め渡されます。「寿命だとしたら酷なことはしない方が良いのではないか」とアレックスは言います。手術の成功を信じるルースは「なぜそんなに心配症か」と言い、アレックスは「最悪に備え最上を祈るのだ」と言います。

アレックスは、屋上の菜園でトマトの栽培の手入れをしています。

ウィリアムズバーグ橋のトラブルをテロ騒ぎと煽るメディア。「男が爆弾を所持しているかもしれない」とニュースは伝えます。「内覧は、橋が通れず中止になればいい」とアレックスは思います。

アトリエには多くの作品があり「画業の価値は金に換えられない」としみじみしながらも、「100万ドルも大きな魅力だ。」と思います。

病院から電話があり、手術に合意なら明日行うという報せがあります。費用は1万ドル、成功の確率は6:4です。アレックスは医師に最善を尽くすよう頼みます。ルーシーはアレックスに感謝します。そしてドローシーの手術は成功しましたが、まだ予断を許さない状態でした。

いよいよ内覧がはじまり、たくさんの人々が二人の部屋に訪れます。

最初はスカイラー夫妻。奥さんは「部屋も街も気に入ったが、橋の件が心配だ」と言います。ニュースは「橋に爆弾はなかったが、なお容疑者が武装の可能性がある」と報じています。ニュースが煽り、また新たなニュースが作られていきます。

次のカップルは、盲導犬に訓練をする女性二人で慌ただしく室内を見て回ります。次々に内覧者が来て部屋は人でいっぱいです。占拠された感じでアレックスは不機嫌、テレビでは相変わらずウィリアムズバーグ橋の実況を続けています。

アレックスの頭の中に、40年間の思い出がよみがえる。

少女が「なぜ売るの?」と訊ねます。そしてアトリエの物をいろいろと質問し、アレックスは答えます。“ドローシーを描いた絵” “LPをかけるターンテーブル” そして1枚の “眼鏡をかけたヌードモデル”の油絵。それはアレックスの妻ルースの若い頃のものでした。

ニュースでは、容疑者の男に人質にされ、レジから金を盗まれた証言する女性が映し出されます。しかしこの女性は、虚言とレジのお金の窃盗で捕まります。

アレックスは「やっぱりな」とひとちます。

ルースは早く決めた方が良いと急かしますが、アレックスは競って最高額になるのを待つのが入札だと言います。盲導犬を連れた2人組の女性から85万ドルでオファーが入りますが、アレックスは安すぎると乗る気ではありません。次は青のペアルックからのオファー、今度はセラピストが88万ドルでオファーします。

アレックスとルースは、ブルックリン橋を観ながら昔を思います。医者からドローシーが水を飲んだ、順調に経過していると連絡を受けます。ルースがアレックスと結婚したのは、まだ時代が難しい時期でした。黒人と白人の結婚が嫌悪されている時代でした。

アレックスは微笑みながらルースを見ています。「なぜ笑っているの」と聞くルースに、「昔、描いたあの眼鏡の娘と同じだ」と答えます。年月が経ってもルースのアレックスへの愛情は変わりません。

アレックスとの結婚に、ルースの両親は乗る気ではありませんでした。世間では、まだ偏見がある時代でした。ルースは母親に「家族かアレックスかの選択であれば決まっている」と話します。

二人はともに愛しながら、戦いながら生きてきたのでした。

動物病院にドローシーに会いに行きます、だいぶ良くなっていました。アレックスは候補の物件を見て「我が家ほどの素敵な眺めは無い、だが眺めは見尽くした。“眺め”とは若い人が見るべきものだろう」と思います。

ルースはお気に入りの家を探します、アレックスも同意して二人は、オファーを出します。そして93万ドルで落札しました。それでもアレックスは渋っています。一方、アレックスとルースの部屋は盲導犬を連れた二人の女性が95万ドルの最高のオファーとなりました。ところが別の人が96万ドルを提示。まだ競っていて決めかねています。

病院から電話がかかります、ドローシーが歩いた。二人はハイタッチをして喜びます。アレックスとルースは新しい家の保証金を持参しますが、今度は売主が安すぎると躊躇します。テレビのニュースは「容疑者が警察に捕まるが爆弾は持っていない」と報じます。アレックスは「ただの若者じゃないか」と思います。

アレックスは部屋は売却せず、もう少しここに住もうと考え直します。

アレックスは落札の権利を放棄します。新たな部屋の売主も売りたくなく、考えが一致します。ルースはアレックスの独断に怒りますが、アレックスはニュースと同じように自分たちが空騒ぎをしていることに気がつきます。

「40年も住んだ愛着のある街を捨て、何故、ここを出ていく行くのか」と思うアレックス。

ルースは「アレックスの体が心配」と言います。

アレックスは「100歳まで生きて、ルースは傍にいる。ブルックリンでもモスクワでも二人で一緒に」と言います。

ドローシーは無事に回復して、またアレックスと散歩ができるようになりました。

「ローラーコースターのような日々だったが、ぐるぐる廻ってまた元の場所へ戻ってきた。だが僕らは互いに自分を見つめ直せた」と思います。

いつか家は売るだろうが、それでも今は未だこのままで生活すると決めました。大事なことは、大切なものを取り戻せたということでした。

40年の歳月を捨てようとしたことで、再確認できた日常の幸せ。

二人の40年の歳月は、二人の思いやりや労わりで培った大切な時間です。この時間の流れこそがほんとうの価値であることを考えさせられます。

・出会った時、自分をモデルに選んでくれた理由を「きみは本物」だといってくれたアレックス。
 自信が無かったルースにアレックスは大きな勇気を与えてくれた。

・芸術で生きていけるのか、世間の評判に押しつぶされ弱気になりそうだった時、「アレックスの
 才能」を信じて疑わなかったルース。

・黒人と白人の結婚にまだ世の中の視線が厳しい中で、快く賛成してくれない親に向かって
 「どちらかを選ぶならアレックスを選ぶ」とはっきり主張したルース。

・子供が出来ない体であることを知ったルースに「すでに大きな子供がいるから大丈夫だ」といって
 くれたアレックス。

お互いを尊敬し思いやる会話は、記憶に残り生き続けます。

お騒がせな男がタンクローリーを橋に乗り捨てたため、メディアが煽り人々も騒ぎ立て、警察は道路を封鎖し、不動産価格は急落します。そこにつられて売却を急ぐ二人。

眺めの良い部屋は、お洒落で地価が高騰したブルックリンで、売却を想定すれば100万ドル近い価値がありました。でもその中で、忘れかけていたことが蘇ります。

このアパートへ引っ越した頃の二人の気持ち、絵画を描くというお金で買えないこと、愛犬ドローシーと二人の物語、部屋のひとつひとつの持ち物。一度はアパートの売却を決意したことで、そのことがさらに強く確認できました。

二人で助け合いながら、今まで大切にしてきたものに囲まれて、可能な限りここで生活を続けようと決意します。老夫婦を演じるモーガン・フリーマンとダイアン・キートン。二人の大人の自然で穏やかな演技が、きっと好感を持って迎えられることでしょう。