映画『アメリカン・ビューティ』|奔放な自由主義の果ての、悲劇的で喜劇的な結末。

素晴らしい理想が崩れていく現代のアメリカの姿を描く。夫婦の関係、親子の関係、会社の関係、隣人の関係、友人の関係。全ての関係が壊れる。行き過ぎたリベラルの個人主義の果てにあるもの。悲劇的で喜劇的な、哀れで少し幸せな結末。

解説

自由で行き過ぎた個人主義がもたらした、壊れていく社会を描く。

国や社会に制約される個人よりも、自由な個人の方が良い。私もその一人である。

しかし程度を越すと、自由<奔放に思うままとなり、社会の関係を壊してしまう。その制御機能が、伝統や慣習である。しかし適度なバランスというものもなかなかに難しい。

その結果どうなるかというお話。そのあらすじを追い、主題を解説してみます。

映画『アメリカン・ビューティ』は、屈折していく社会を、真剣かつパロディに描いた作品です。そしてそこには悲哀に満ちた諦観と同時に、どこか幸福の余韻を残しています。この前向きさ?が素晴らしいですね。

広告代理店に勤めるレスターは、42歳。シカゴの郊外に妻キャロラインと愛娘ジェーンの3人で、幸せな家庭を築いているように見えます。

アメリカの中流層の絵に描いたような郊外に暮らす幸せな家庭、でも実態は破綻寸前なのです。

レスターとキャロラインの夫婦関係は冷え切っています。この最たる理由は、豊かさには金が要る、そこで共働きとなる。妻は野心的で優秀だが、夫は真面目さが裏目に出て出世を妨げている様子です。

そして一人娘の多感なお年頃のジェーンは、異性である中年男の父親に冷たい態度で接します。

ある日キャロラインは父娘の関係を修復しようと、ジェーンのチアリーディングの見学に学校に行きます。そこでレスターはジェーンの友人のアンジェラのダンスに魅了されます。

その夜、バラの花に敷き詰められた裸のアンジェラの妄想を抱いてしまう始末です。

隣家では、元海軍大佐のフランク・フィッツ一家が引っ越してきます。フランクはゲイなどをもっとも毛嫌いする厳格で保守的な性格でした。妻のバーバラは堅苦しいフランクとの生活に、精神を病んで疲れきっている様子です。

息子のリッキーはジェーンに好意を持ち、秘かにビデオカメラで盗撮をします。

ジェーンは、最初はリッキーを気味悪く思いますが、やがて二人は付き合いを始めます。

キャロラインはレスターを連れ立ち、あるパーティで不動産販売の競争相手のバディに販売ノウハウの伝授を請います。一方のレスターは、ウェイターのバイトをしている隣家のリッキーと知り合いになり、マリファナをご馳走になりハイな気分で仲良くなります。

その夜、レスターは帰宅するとアンジェラが家に遊びに来ていました。おませなアンジェラはレスターがもっとマッチョなら寝てもいいと話し、ジェーンから軽蔑の視線を向けられます。

それを聞いたレスターは、体を鍛え始めます。リッキーはそんな隣家を窓から盗撮します。部屋でくつろぐジェーンや筋トレに励むレスターをビデオに撮り続けます。

レスターは、またもやバラの花のバスタブに浸かったアンジェラを妄想します。

エスカレートする幸せな妄想と、完全に崩壊する家族のかたち。

ダンベルに加えジョギングやベンチプレスも始め、リッキーからマリファナも分けてもらいハイになりながら、アンジェラを思い生まれ変わったかのように体を鍛えます。

レスターは会社を辞めたことを家族に告げます。ローンの残債もありキャロラインと派手な夫婦喧嘩となり、キャロラインは味方につけようとしたジェーンから、「しらじらしいホームドラマはやめて」と言われ、ほぼ家族は崩壊してしまいます。

隣家でも大切な戸棚の施錠を開けたリッキーに、フランクが鉄拳制裁を加え、目上の者を敬わずルールをわきまえない息子に、精神構築や規律の必要性を暴力で教えます。こちらの家庭も同じように崩壊しています。

リッキーとジェーンは、お互いに付き合いが続いています。 ジェーンはもっと父親に構ってほしいと願っています。その対象がアンジェラなので精神的なダメージになっていて、父親を殺してほしいと冗談を言います。

レスターはハンバーガーショップで働きます。偶然、ドライブスルーでキャロラインとバディの不倫を目撃し、夫婦の関係は決定的となります。

ある日フランクは息子のリッキーの部屋でビデオカメラをみつけ、撮影したものを何げなく見ます。そこには、隣家の盗撮シーンがたくさん映っていました。窓越しから隣家をみると、リッキーがレスターにマリファナ煙草を作る行為が、柱越しにゲイのセクシャルな行為と誤解し勘当してしまいます。リッキーも息子を信じない父親のもとを出ていきます。

フランクは悲しみと憤りのあまり、秘かにレスターの殺害を企てます。

一方、妻のキャロラインはバディとの不倫を目撃され、やけになってレスターを殺害しようと、銃を片手に家路を急いでいます。

ジェーンは友人のアンジェラに愛想をつかし、同時に恥さらしな父親レスターに絶望し、リッキーと街を出ようとしています。止めようとする彼女を罵り、アンジェラは傷ついてしまいます。

個人主義と相対化がもたらした、自由で奔放で豊かな社会の結末は?

アンジェラはレスターに体を許そうとしますが、遊んでいるように見せかけていたアンジェラが初体験であることを知ったレスターは、ジェーンの父親としての自覚を取り戻します

レスターはアンジェラに訊ねます。“ジェーンは、幸せか、不幸せか”と。

するとアンジェラは、「ジェーンは、恋をしていてとても幸せ」と答えます。レスターは安心します。同時にアンジェラといることに、レスターは幸せを感じます。

レスターが仲睦しかった頃の家族の写真を眺めていると、その背後から何者かに後頭部を打ち抜かれます。それはリッキーの父親フランクでした。

死出の旅に向かうその時に、走馬灯のように懐かしい思い出がよみがえり、幸せそうに微笑みながら、レスターは死んでいきます。

全てがピークに達し破滅へ、そしてレスターは健やかに死出の旅へ出発していったのです。

この映画には古き良きアメリカ映画のイメージは、全くありません。その後のニューシネマ時代の社会や政治の病巣が凝縮されたテーマでもありません。そこには救いようのない問題が山積みです。全てが問題で一切が解決の糸口さえ見つかりません。

家庭の崩壊では、共働きによりお互いの意識や収入も異なり、同時に目指すものも異なる。それが原因で、夫婦の愛情や思いやりは無くなっています。

夫は、会社の上層部の不正が見逃されていることや自分が奴隷のように働かされていることに辟易し、自ら会社を辞めてしまいます。そして、あろうことか娘の友達に熱をあげます。

妻は、成功を夢見る上昇志向がこうじ、同業で憧れである不動産王の男と不倫に走ってしまい、女を武器にしながら野心的にのし上がろうと考えます。

反抗期の娘は、父親と全くそりが合わず、父親が友人に恋をすることで不潔で汚らわしく決定的な溝が出来上がります。そして薬漬けのサイコパスな男と家を出ていこうとします。

娘の友人も早熟で、背伸びして自分を高く売る方法ばかりを考えています。

隣人の元海軍大佐の家庭では、夫が厳格すぎて妻は疲れ果ててしまい、息子は薬の売人で自身も薬に溺れている状況です。

夫婦の関係、親子の関係、会社の関係、隣人の関係、友人の関係、リベラルな考えで全てが相対化された結果、全てが滅茶苦茶な状況に陥っていて救う手立てもありません。

主人公の妄想を中心に進む物語は最後は殺されてしまいますが、それでも幸せだったと走馬灯の思い出で終わります。悲しい喜劇のようなパロディです。

かなり悲劇なのですが、ここまでくると喜劇として捉えたくもなる作品です。第72回アカデミー賞で作品賞を受賞しています。きっとアメリカの現代の病巣を反映しながらも、どこかで自由を愛している証なのかもしれません。

バラがさまざまなシーンに登場し象徴化されます。タイトルの「アメリカン・ビューティ」とは、バラの品種のひとつ。キャロラインが自宅の庭にバラを栽培している、ここでは “豊かな家庭の象徴” として。レスターの妄想で、アンジェラのチアダンスやバスタブの中の花弁は“官能の象徴”として。

家庭や社会の崩壊を象徴として “アメリカの美=American Beauty” のタイトルが皮肉をもってつけられています。

1999年の作品ですが、90年代以降は、相対的でリベラルな風潮が加速し、古き良き時代の倫理や規範とのギャップは甚だしく、ぎりぎりの平衡を保ちながら破綻寸前の成熟した社会を皮肉っています。

アメリカだけでなく、先進国は概ね共通の病を抱え込んでいると思われます。

このそれぞれの問題をいかに乗り越えていくかは、実はまじめなテーマなのです。